戦国期に築かれた望月氏(甲賀五十三家筆頭格)の居城で、織田信長に近江を追われた六角氏が、伊賀に落ち延びる際に一時滞在したとされます。
杉谷川南岸の丘陵地先端に築かれた城で、谷をはさんだ南側の望月支城と連携して機能したものと考えられます。
駐車場はないので、北麓の杉谷川にかかる橋の南詰の道が広くなったあたりに路駐し、東側の集落の民家の脇から登城しました(案内標識も何も無し)。登り始めてすぐに祠のある副郭に到着。副郭から横堀の土橋を越えて虎口を抜けると主郭です。主郭に足を踏み入れると新宮支城にも劣らぬ分厚く高い四方土塁に囲まれ、圧倒されてしまいます。土塁上を一周すると、土塁西辺内周に帯曲輪状の中段スペースがあり、中段を設けられるほどの土塁の高さと分厚さって……と非常識なまでの規模を実感させられます。主郭を出て北側に回ると横堀をはさんで帯曲輪があり、北辺を土塁で囲っています。西側にも横堀と土塁がめぐり、南のほうでは大土塁をはさんで二重堀切になっています。
大いに期待して訪れた新宮支城に対して、望月城はノーマークでしたが、新宮支城に勝るとも劣らないとんでもない城でした。こちらもぜひお立ち寄りを!
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