かながわじょう

金川城

岡山県岡山市

別名 : 玉松城、臥龍山城
旧国名 : 備前

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①本丸
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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征30日目:金川城 (2026/06/09 訪問)

金川陣屋(城びと未登録 岡山県岡山市)近くの御津登山口(34.799053、133.934992)から攻城しました。
ひたすら階段を登り二ノ丸に至ります。下城は道林寺丸登城口側(34.798949、133.9302886)に下りて、難波抱節宅長屋門を確認しました。

築城年代は定かではないようですが、承久年間(1219年〜1222年)に松田盛朝によって築かれたと云われています。
1483年(文明15年)の福岡合戦では、山名氏の援軍を得た松田元成が赤松・浦上氏の籠る福岡城を攻撃し、翌年攻略しました。
しかし、勢い付いて浦上氏の居城である三石城を攻略しようと侵攻したが反撃にあい敗走中に自刃しました。
1568年(永録11年)宇喜多直家によって攻められ、松田元輝・元賢が討死して落城し、松田氏は滅亡しました。宇喜多氏はその後、浮田春家を城主にします。
関ヶ原合戦で宇喜多氏が滅亡すると小早川秀秋が備前に入国しましたが、このとき支城となったかどうかは定かではないようです。
小早川氏に替わり池田氏が入封すると家老日置忠俊を置いたが一国一城令により廃城となりました。

本丸までは整備された登山道ですが、御津登山道は1210段の丸太階段が続くのでキツイ登りとなりました。
井戸も多く残されており、特に本丸の井戸は大きかった。
攻城時間は65分くらいでした。次の攻城先=徳倉城へ徒歩で向かいました。

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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征30日目:金川陣屋(城びと未登録 岡山県岡山市) (2026/06/09 訪問)

金川駅から徒歩15分弱で、石垣付近(34.798887、133.935352)に着きました。

1632年(寛永9年)に岡山藩池田氏家老・日置忠俊によって築かれました。
1617年(元和3年)日置氏は池田光政が因幡鳥取へと国替えになった際には因幡鹿野を領していました。
1632年(寛永9年)池田光政の備前岡山への国替え従い金川へ入り14,000石を領しました。この時金川城跡の麓に陣屋を形成したと見られています。
日置氏は2代忠治の時に2,000石を加増され以後12代忠尚の時に明治を迎えました。

金川陣屋は岡山市北区役所御津支所の地に築かれていました。
東から南にかけて陣屋当時の石垣が現在も残っています。
観光時間は5分くらいでした。次の攻城先=金川城へ徒歩で向かいました。

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赤い城

白石城 岡山県岡山市 (2024/11/04 訪問)

城びと未登録、備前と美作の国境にある城です。
金川城から国道53号線を北上、484号線に入ってすぐのところに登城口があります。
車1台なら駐車可能です。
獣避けの柵を越えると整備された登城路があります。

登っていくと登城路に沿って長い竪堀が見られます。
さらに少し登ると連郭式の主郭部に到着、鉄塔が建っています。
主郭には小さな祠と説明板もありました。
主郭までは登城口から10分くらいかな。

下山の途中、笹薮を分けて下に連なる曲輪部を散策しました。
縄張図によると堀切があるようですが浅くなっていてよく分からず。
また、主郭背後には畝状竪堀群もありますがこちらもよく分かりませんでした。

赤松氏配下の田淵氏光の居城でしたが宇喜多氏に攻められ落城。
その後は松田氏、宇喜多氏の支配を経て関ヶ原合戦で宇喜多氏の滅亡とともに廃城となりました。

もう少しじっくりと散策してもよかったかな。

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赤い城

巨大な井戸にはびっくり❢ (2024/11/04 訪問)

開館前の御津町郷土歴史資料館に車を停め、道路を挟んだ登城口から登っていきました。
妙覚寺に案内図が置いてあったのでこれを手にしてまずは道林寺丸へ。
曲輪が段になって連なり、石垣も残ります。

さらに登ると本丸方面と北の丸方面への分岐点へ。
堀切が見たいのでまずは北の丸へ。
北の丸の先には久しぶりに見る深い堀切。
さらにもう1条、さらにその先には浅い堀切が2条といい感じで並んでいました。
しばらく堀切に見入った後は引き返し本丸へ向かいます。

北の丸から白水の井戸を経て本丸下の堀切、さらに天守の井戸へ。
この井戸大きく深い!見どころです。
これまで見たことの無い規模でした✨
内側にはしっかりと石垣が積まれています。

井戸を見下ろしながら本丸へ。
本丸には建物礎石の配列が残っています。
訪問ノートがあったので今度はニッポン城めぐりのHNとともに「赤い城」の名もサインしておきました。

下山は二の丸方面へ。
二の丸の手前には杉の木の井戸があります。
出丸を経て千鳥坂から御津支所側の登城口に出てきました。

備前最大の山城、松田氏歴代の居城でしたが宇喜多直家により落城。
江戸時代初期には岡山城の支城として機能しました。
急峻ですが登城路は整備され、歩きやすいお勧めの山城です。

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城郭情報

分類・構造 連郭式山城
築城主 松田盛朝
築城年 承久年間(1219〜1222)
主な城主 松田氏、宇喜多氏、小早川氏、池田氏
廃城年 慶長5年(1600)
遺構 曲輪、石垣、堀切、井戸
指定文化財 市史跡(金川城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 岡山県岡山市北区御津金川
問い合わせ先 岡山市教育委員会事務局文化財課
問い合わせ先電話番号 086-803-1611