超入門! お城セミナー 第128回【鑑賞】お城の中心だった御殿 その装飾にはどんな意味があるの?

お城に関する素朴な疑問を、初心者向けにわかりやすく解説する連載「超入門! お城セミナー」。今回は御殿内の装飾について。政務の中心地であり、城主のプライベート空間でもあった御殿。御殿にあった多数の部屋は役割や用途によってランクづけされ、格式に応じた装飾が施されていました。

二条城
京での江戸幕府の本拠地だった二条城。二の丸御殿は江戸時代からの現存建物で、美しい障壁画などが残っている

お殿さまの仕事場兼自宅だった御殿

川越城(埼玉県)・掛川城(静岡県)・二条城(京都)・高知城(高知県)。さて、これらの城に共通する、超がつく貴重なものって何でしょうか? 正解は……そう、現存御殿です。「城といえば天守」という絶対的なイメージはなかなか覆せませんが、現存遺構が全国でたった4城という貴重さに加えて、「お役所兼城主の住居」という、近世以降の城の中で最も重要な役割を担った御殿は、もっともっと注目されてしかるべき施設。

喜ばしいことにその静かなブームが、今きています。きっかけとなっているのが、各地で進んでいる御殿の復元事業。佐賀城(佐賀県)、熊本城(熊本県)、そして平成30年(2018)に全面公開となった名古屋城本丸御殿の完全復元で披露されたその姿は、ため息が出るほど豪華絢爛で、あっぱれな美しさ。さらに金沢城(石川県)も二の丸御殿の復元に着手するそうで、全国に誇る伝統工芸の技がいかんなく発揮されるであろうその姿には、期待せずにはいられませんね!

熊本城本丸御殿
熊本城本丸御殿の昭君の間(熊本地震前に撮影)。中国の故事をモチーフとした障壁画など創建当時の姿が復元されている

それにしても、装飾がほとんど施されなかった天守の内部に比べて、御殿の内部は、なぜこんなに豪華なのでしょう。また、部屋ごとにつくりや装飾が違うことには、何か意味があるのでしょうか。

御殿の内部が豪華だったその理由は、やはり御殿が城の中心をなした施設だったから。城主の権威を示すものが城。じゃあその中心である御殿は、どこよりも豪華でなければ! 人が住まない天守はとにかく外見が大事ですが、行政施設として、城主の居住空間としてあらゆる人が出入りして中身をフルに使う御殿は、内部の装飾性も非常に重要だったのです。また、部屋ごとにつくりや装飾が違うのは、御殿内のたくさんの部屋は、それぞれ明確に使う目的が決められていたから。用途に合わせた広さやしつらえが施されていたのです。

そんなわけで、城主のメンツをかけて当代随一の芸術家や職人が集められた「美や技の競演空間」だった御殿。その美しさについ目がくらんでしまいますが、今回はちょっと腰を据えて、装飾の一つひとつに目を凝らしてみましょう。

装飾の差でわかる部屋の格式

御殿内で最も目を引く装飾は、空間を区切るふすまやついたてに描かれた障壁画。虎の絵があるから「虎の間」、松の絵があるから「松の間」など、障壁画はその部屋の印象を左右して呼称にもなる最も重要な装飾です。室町時代中期から江戸時代末期まで画壇の中心だった狩野派を中心とした絵師たちが腕をふるった障壁画は、どれも圧巻の美しさ。

大まかな傾向としては、外向きのかしこまった用途の部屋には、わかりやすい豪華さが大事。きらびやかな金が広く濃く使われ、さらに威風堂々としたモチーフが描かれ、明確に威圧感を与える絵が採用されていたようです。逆に、身内と会ったり城主がゆったり落ち着くための部屋の障壁画は、全体に少し落ち着いた色味で、優美で繊細な絵柄の傾向がみられます。どこもかしこも金ピカ、ドーン!では殿様も落ち着きませんから、さもありなん。

名古屋城本丸御殿
復元された名古屋城本丸御殿。左は御殿を訪れた客が最初に通される玄関一之間で、右は藩主が身内と私的な対面や宴を行った対面の間。玄関一之間は客に城主の威厳を見せつけるため、鮮やかな金箔と虎の障壁画を飾っているのに対し、私的な場である対面所は黒漆で格式を出しつつ落ち着いた色味の部屋である

豪華・贅沢といえば金ピカというイメージは世界共通ですが、日本には、漆の美しさを愛でる美意識があります。深い艶と輝きを放つ漆塗りや、奈良時代から日本独自に発展した蒔絵(漆で書いた絵や文様に金や銀の粉を蒔いて付着させる技法)は、特に格式の高い部屋や空間に施されていました。

部屋の格式の違いを見るには、特に天井にご注目を。現在でも民家で多く使われている「竿縁天井(さおぶちてんじょう)」(天井に渡した横木に天井板を載せたもの)が最もシンプルで、御殿では玄関や廊下で使われました。四角い升目に組まれた「格天井(ごうてんじょう)」はこれよりランクアップしたもので、この升目にどんな装飾を施すかでその空間の格式を表します。

升目の板の部分をさらに格子に組んだものが「小組格天井(こぐみごうてんじょう)」で、そこにさらに漆・金具・蒔絵などを追加していきます。部屋の奥で一段高くなっている「上段の間」は城主が座る空間ですが、その天井も、縁から丸くカーブをつけて一段または二段高くなっています(折上げ格天井・二重折上げ格天井)。名古屋城本丸御殿で最も格式が高い上洛殿上段の間の天井は、二重折上げ・黒漆塗りに天井板絵と蒔絵入り。金ピカを超える美しさです。

竿縁天井、折上げ小組格天井、黒漆塗金具付格天井、黒漆塗二重折上げ蒔絵付格天井、名古屋城本丸御殿
左上から玄関廊下の竿縁天井、右上は城主が客と謁見する表書院の折上げ小組格天井、左下が将軍の宿所である上洛殿三之間の黒漆塗金具付格天井、右下は同じく上洛殿上段の間の黒漆塗二重折上げ蒔絵付格天井。すべて名古屋城本丸御殿

このほか、さりげないけどよく見るとトリハダものの技に萌えてしまうのが、襖の引き手や釘隠し、また破風(屋根)などに使われている金具たちです。滑らかな表面、繊細な図柄、薄い薄い金箔を付着させた鍍金の技術など、ぜひじっくりと鑑賞を。バリエーションの豊富さと技術に唸ってしまう欄間も、忘れないでくださいね。

名古屋城本丸御殿、上洛殿襖、取手金具
名古屋城本丸御殿の上洛殿襖の取手金具。金鍍金や漆塗りも素晴らしいが、グ〜ッと近寄ってみると花びらや三葉葵の葉が繊細な線で彫刻されている。もちろんすべて職人による手作業だ

名古屋城本丸御殿表書院(上)と上洛殿名古屋城本丸御殿表書院(上)と上洛殿(下)の欄間名古屋城本丸御殿表書院、上洛殿、欄間
名古屋城本丸御殿表書院(上)と上洛殿(下)の欄間。欄間も部屋の格式によって装飾が異なり、表書院は下から2番目の筬欄間、上洛殿は最高ランクの彫刻欄間だ

このように、隅から隅まで気を遣って装飾を凝らしたお城の御殿。きらびやかな復元御殿と、時を経た迫力がまた違う美を添える現存御殿。ぜひどちらも時間をかけて鑑賞して、日本人の美意識と見事な職人技を体感してください。その至高の技を、空間の区切りと権威の誇示に、実に上手に利用して昇華させた、殿様たちのハイセンスな富の使い方にも、きっと心を揺さぶられるはず。今後も、御殿とその装飾に注目です!

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執筆・写真/かみゆ歴史編集部
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。主な制作物に、戦国時代を地方別に紹介・解説する『地域別×武将だからおもしろい 戦国史』(朝日新聞出版)や、全国各地の模擬天守・天守風建物を紹介する『あやしい天守閣 ベスト100城+α』(イカロス出版)、日本中世史の入門書『キーパーソンと時代の流れで一気にわかる 鎌倉・室町時代』(朝日新聞出版)やお城の“どうしてそうなった!?”な構造や歴史を紹介する『ざんねんなお城図鑑』(イカロス出版)など。2022年6月から、100名城スタンプ帳付の子ども向けお城入門書『戦国武将が教える 最強!日本の城』が好評発売中!

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