マイお城Life 漫画家・ 宮下英樹さん[前編]歴史漫画家がお城好きになるまで

織田信長や豊臣秀吉に仕え、一兵卒から大名にまで身を立てた史上最も失敗し挽回した男” 仙石権兵衛秀久をご存知ですか? 今回は、仙石権兵衛秀久を主人公に描く人気歴史マンガ『センゴク』の最新刊発売を記念し、著者・宮下英樹さんの特別インタビューをお届けします! 緻密な歴史描写で読者を魅了する宮下さんはどのような思いで城を描いているのか。前半は、宮下さんが城に興味を持ったきっかけや連載初期から中期に登場した城について振り返っていただきます。
ページの最後で『センゴク』の試し読みもしていただけますので、まだ読まれていない方はぜひチェック!



センゴク、宮下英樹
『センゴク』の著者・宮下英樹さん。緻密な歴史描写で、歴史好きや城好きの注目を浴び続ける『センゴク』はどのようにして描かれているのか―

初めての城取材では遺構を見つけられませんでした

2004年に『週刊ヤングマガジン』で連載がはじまり、今や累計販売部数920万部を突破する大ヒット作となった『センゴク』。織田信長や豊臣秀吉に仕え、一兵卒から大名にまで身を立てた武将・仙石権兵衛秀久(せんごくごんべえひでひさ)の失敗と挽回の物語だ。現在までに3シリーズが完結しており、第1部の『センゴク』で稲葉山城落城から小谷城攻め、第2部『センゴク天正記』で長島一向一揆との戦いから武田氏滅亡、第3部『センゴク一統記』で備中高松城攻めから小牧・長久手の戦いが描かれた。現在は第4部『センゴク権兵衛』が13巻まで刊行されており、生涯最大の失敗とされる戸次川の戦いから仙石家改易までの苦難のストーリーが進行している。

合戦や城のリアルな描写で、歴史好きや城好きの注目を浴びる『センゴク』。文献史料や現地の調査に裏打ちされたストーリーは、通説とは異なる大胆さを持ちながらも説得力がある。これほど丁寧な考証ができるということは、著者の宮下さんは幼少期から城や歴史が好きだったのだろうか。城を好きになったきっかけを伺ってみると意外な答えが返ってきた。

(宮下)
 実は『センゴク』がはじまる前は歴史の知識はゲームで得た知識程度しかなくて、城にもほとんど興味がなかったというのが正直なところです。僕は石川県七尾市出身なので、幼少期は遠足で七尾城に行ったり、前田利家ゆかりの小丸山城址公園で花火を見たりと何かと城に縁があったのですが、当時はそこが城跡だったという認識すらありませんでした。

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宮下さんの故郷にある七尾城は作中でも登場する。宮下さんにとって幼少期からなじみがあった城だけに、現地の空気感まで再現されている(『センゴク天正記』第9巻より)

城については『センゴク』の連載がはじまってから勉強しはじめたのですが、当時は「天守=城」だと思っていたので、天守がない城があるという事実がまず理解できませんでした。連載当初は城跡の写真を見ながら城を描いていたのですが、山城に立てられていた建物がよく分からず、斎藤氏時代の稲葉山城(岐阜城/岐阜県)に現在の岐阜城のような天守を描くなど、不勉強を露呈しちゃってますね。戦国時代の山城の構造や建物の理解には、藤井尚夫さんや香川元太郎さんの復元イラストがとても参考になりました。

センゴク、宮下英樹
ほとんど知識がない城や歴史の描写に失敗することがありながらも、文献や現地の調査をおろそかにすることなく考証の精度を高めていく姿勢は、主人公の仙石秀久と通じるものがある

『センゴク』の連載がはじまり、最初に取材で行った山城は金ヶ崎撤退戦の天筒山城金ヶ崎城(いずれも福井県)です。僕にとって最初の城歩きだったので、どこに遺構があるのか全然分からなくて、この時はただ山登りしただけで終わっちゃいました(笑)。その後、中井均先生などの専門家に遺構の見方や堀や土塁の使い方を解説してもらって、だんだん城が面白いと思うようになりました。最近は山城歩きをしながら「ここは尾根筋で歩きやすいけど、ここに堀切が現れたら攻め手はひとたまりもないな」とか予想するのが楽しいです。予想通りに遺構が現れると嬉しくなりますね!

ちょっとした盛り土が恐怖の罠になるのが山城の醍醐味!

『センゴク』の特徴である臨場感あふれる攻城戦の描写。特に『センゴク』第13巻から描かれる小谷城攻めは、山城をめぐる攻城戦がリアルに描かれ、当時戦国ファンや城ファンの間で話題になった。これまでの歴史マンガにはなかった“正統派”の攻城戦は、どのように生まれたのだろうか。

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史料などからの考証に基づいた合戦描写は、他のマンガではほとんど見られない。合戦によっては布陣図や地図も示されるため、視覚的に合戦の状況を理解できるようになっている(『センゴク』第13巻より)

(宮下)
先ほども述べたとおり、僕自身が城や歴史について初心者なので、学んだことを読者と共有して一緒に知識を増やしていきたいという想いがあります。ですので、史料や現地で得たものはできるだけストーリーに取り入れるようにしています。山城はちょっと窪みをつくったり土を盛ったりしただけなのに、ちゃんと敵を防げる防御施設になるというところが面白いと感じたので、小谷城攻めでは畝堀や曲輪といったパーツを大きく扱いました。クライマックスに虎口攻めを持ってきたのは、枡形虎口には横矢やまるで塀のように高い土塁など、防御技術の粋が尽くされていることを知ってもらいたかったからです。

虎口攻めでは羽柴隊の先駆けが浅井軍の十字砲火で殲滅されるシーンがありますが、マンガで描いてみて改めて城の防御設備の恐ろしさが分かりました。実際に戦いのおこなわれた場所を絵で見ると恐怖感が全然違うと思います。枡形虎口は現在も大阪城江戸城などに残されているので、マンガを読んでからぜひ実際の虎口を見に行ってもらいたいですね。

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小谷城虎口に突入した羽柴隊に襲いかかる浅井軍一斉射撃。俯瞰・射手など視点を変えることで、枡形虎口がどのように守られていたかを直感的に理解できる(『センゴク』第15巻より)

安土城は焼失してはじめて完成に至ったのではないでしょうか

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安土城の大手は、かつては家臣団の屋敷が建ち並んだ威厳あふれるものだったと考えられているが(左/『センゴク一統記』第5巻より)、現在は石垣や石敷が残るのみである(右)

『センゴク』には山城から織豊城郭まで様々な城が登場するが、その中でも印象的に描かれているのが安土城(滋賀県)だ。建設中の光景から本能寺の変後に炎上する姿まで、城の“生涯”が様々な表情で描かれている。そこには、どのような意図が込められているのだろうか。

(宮下)
安土城を知ったのは、小学生向け雑誌の付録で模型をつくったのが最初です。幼心に城をつくるという体験が心に焼き付いて、自分の中で安土城は特別な城というイメージになりました。大人になってからはデアゴスティーニの『安土城をつくる』もつくりましたね。『安土城をつくる』の影響で、安土城天主は三浦正幸先生の復元案を参考にして描いています。

安土城を象徴的に描いたのは、天守(安土城は天主と表記)が他の城とは全く異なる当時最先端の建築だったことを見せたかったからです。例えば、『センゴク天正記』の9巻で秀久たちが秀吉の姫路城天守(兵庫県)に驚いていますが、当時複数階層で瓦葺きの建物が築かれた城というのはとても革新的だったんですよ。

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作中で描かれた姫路城(左)と安土城(右)。三重の天守も珍しかった当時、安土城の五重天主は人々の度肝を抜いただろう(『センゴク天正記』第13巻、『センゴク一統記』第1巻より)

三重天守でもこれほど驚かれるなら、五重天主の安土城は当時の人にとってこの世のものとは思えなかったはず。見せ方を変えながら何度も描くことで、様々な立場の人から見た安土城を表現したかったんです。安土城以外でもこうした描写から、当時のことを知る手がかりを見つけてもらえたら嬉しいですね。
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姫路城のシーンでは、屋敷の部屋に張られた畳の匂いをかぐ秀久も描かれている。宮下さんによると、現代では当たり前の総畳張りの部屋も、当時は相当な実力者しかできない特別なものだったという(『センゴク天正記』第13巻より)

他の城もそうですが、安土城は特に信長の権威や個性を反映する形で描いています。本当はもっと重みや虚構っぽさを出したかったのですが、僕の中でもイメージが曖昧でうまくいきませんでした。安土城が残っていないのはもったいないという人もいますが、僕はこの城は失われてはじめて完成したのではと思っています。安土城は城郭史のでもかなり異質な存在じゃないですか。もし現存していたら悪趣味あるいは異端な城と評価されていたのではないでしょうか。

センゴク、宮下英樹
宮下さんは織田信長について「統一に近づくほど、天下取りを楽しめなくなっていたのではないか。実は本能寺の変で仕事から解放されて安心したのでは」と想像する。『センゴク天正記』後半の信長の描写には、こうした考察も反映されているそうだ

小谷城や安土城以外にもまだまだエピソードを聞きたい城や合戦があるのだが、今回はここまで。後半では、主人公・仙石秀久の運命を大きく変えた戸次川の戦いにまつわるエピソードや、『センゴク』でも特に読者に強烈な印象を残した今話題の大河武将への人物評などを伺った。12月22日(土)から開催される「お城EXPO2018」来場者へのメッセージもあるのでお見逃しなく!

▼後編はこちら

宮下英樹
1976年、石川県生まれ。2001年『春の手紙』でデビュー。2004年に『週刊ヤングマガジン』にて『センゴク』を連載開始する。現在は第4部である『センゴク権兵衛』が連載中。2007年から2010年に『センゴク外伝 桶狭間戦記』を『月刊ヤングマガジン』および『週刊ヤングマガジン』で連載。2014年に大河ドラマ『軍師官兵衛』出演。

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書名:『センゴク権兵衛』
著 :宮下英樹
発行:講談社
既刊:『センゴク権兵衛』1~13巻。

戦国時代に生きた人間の激しさとひたむきさをリアルに描く、壮大なる合戦絵巻は第4部に突入!! 主役は“史上最も失敗し挽回した男”仙石権兵衛秀久。数々の合戦を生き抜いて立身出世を続けてきた権兵衛だが、この先に彼を待っているのは人生最大の試練…!! 織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕えた実在の武将が、今、激動の時代に立ち向かう!!

13巻では、豊臣秀吉の覇道は日ノ本の外へと広がってゆく。栄華を極める豊臣家は、このまま天下静謐を実現できるのか? その鍵のひとつは、仙石権兵衛が握っている。高野山から京へと移り、激動する時代を目の当たりにする権兵衛。今は「無用の武士」なれど、その力が必要とされる日は近い!!

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時は戦国時代。美濃・斉藤家の家臣、仙石権兵衛秀久は、落城寸前の稲葉山城にいた。敵は覇王・織田上総介信長!!  
織田信長の新政権が起こった天正年間の頃。織田家中、羽柴秀吉の下、仙石権兵衛秀久は22歳にして千石の土地を治める武将となり、来るべき武田家との合戦に備え、力を蓄えていた。
時は天正十年、京・本能寺で勃発した日本史上最大の事件”本能寺の変”‥‥そこで何があったのか!? そして仙石権兵衛秀久の”歴史的大失敗”と”不屈の挽回劇”とは!?
織田信長と羽柴秀吉の下で合戦に明け暮れ、淡路国を治める戦国大名へと出世した仙石権兵衛秀久。だが、天下一統を成すためには、いまだ残る数多の敵を従わせる必要があった―

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執筆/かみゆ歴史編集部
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。

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