【現地説明会レポート】世紀の発見!「幻」の坂本城石垣を見た!!(滋賀県大津市)

滋賀県、坂本城の石垣を発見!
2024年2月、「幻の城」と呼ばれる坂本城(滋賀県大津市)の石垣発見のニュースがネットに駆け巡った。大津市による現地説明会に訪れた見学者はなんと2000人! 城ファンの熱気につつまれた現地の様子をレポートする。

坂本城、発掘調査現場
2024年2月に説明会が行われた坂本城の発掘調査現場。大津市によると、2日間で2000人が訪れたという

はじめて姿を表した坂本城の石垣

「幻の」と形容される城は日本に数多い。例えば、豊臣秀吉が京都洛中に築いた聚楽第(京都府京都市)、戊辰戦争により焼失した長岡城(新潟県長岡市)、天正大地震によって一夜に消えた帰雲城(岐阜県大野郡)などなど。いずれも現在、地表面にまったく城の痕跡を残していないゆえの「幻」なのだが、その中でも、まるで接頭語のように「幻の城」という形容が付いてまわるのが、琵琶湖畔に築かれた坂本城(滋賀県大津市)だ。明智光秀を城主としたこの城は、光秀死後に徹底的に破壊され(建物や石垣の一部は近隣の大津城へと転用され)、「幻の城」を体現する城跡になってしまった。

この「幻の城」というワードが、にわかにニュースやSNSを賑わせるようになったのは、2023年も師走に差し掛かった頃。深刻な雨不足による琵琶湖の水位低下により、普段は見られない本丸の一部とされる石垣が、湖底から出現したのだ。湖から現れたのはわずかな礎石(根石)のみだが、水不足を懸念する報道とともにメディアで何度も紹介され、X(旧Twitter)でも訪れた人の投稿が相次いだ。数年・数十年に1度、わずかな城の痕跡が湖底から出現するという状況が、坂本城の神秘性をより高め、「幻の城」としてのブランディング向上につながっているように感じるのは著者だけだろうか。

坂本城、石垣
琵琶湖の渇水時に現れる坂本城本丸の石垣。残存するのは礎石のみだが、一列に並び人工物であることがわかる

▼坂本城の湖底の石垣が出現した2021年のレポートは下記を参照

そして年が明けて正月気分もすっかり抜けた2024年2月、「幻の城から石垣が発見!」のニュースがネットに踊った。報道に触れた瞬間は、また水位低下による礎石出現の続報だろうと高をくくったのだが、内容を確認するとそうではない。これまでまったく想定していなかった石垣が、湖からやや離れた住宅地で見つかったのだという。新発見のニュースとほぼ同じタイミングで、2月10日・11日の土日に発掘調査現地説明会が開催されるという案内も流れてきた。宅地から発見された遺構となると、悲しいかな、いずれ埋め立ての憂き目にあう可能性が高い。発掘された石垣がまた「幻」となる前に、この目で確認するためにはこのチャンスを逃す手はないだろう。

坂本城、石垣発掘
坂本城の縄張(構造)と今回の発掘調査が行われた場所。坂本城は光秀死後に埋め立てられたため、上図はあくまで推定となる(国土地理院の地図をもとにかみゆ歴史編集部で作成)

整理券を求める数百人の行列

ということで、著者は2月10日に現地を訪れた。石垣が見つかったのは住宅地であり、一挙に多数の見物客が押し寄せるわけにはいかないため、まずは最寄りの比叡山坂本駅で説明会の整理券が配られるという。配布開始の朝11時に余裕を持って駅に到着すると、目の前にはすでに長蛇の列! 配布場所である坂本石積みの郷公園を取り巻くように列はとぐろを巻き、それでも収まらずに、住宅街へと続く道の歩道にまで列は伸びていった。人気アイドルのコンサートか、推し活のグッズ売場か、という熱狂である。

坂本城、現地説明会
比叡山坂本駅のホームから見た整理券配布を待つ行列の様子。配布開始の11時前にこの人数! 注目度の高さがうかがえる

この日、説明会の入城者数は各150人×全3回の450人程度を想定していたが、定員オーバーで100人程度の人は整理券を手にすることができなかったようだ。せっかく並んだのに整理券を受け取れなかった人への対応として、主催である大津市は急遽、説明会に漏れた人でも見学できる時間を夕方に設けてくれた。整理券を受け取れなかった人の不満が募るなかで、この決定はファインプレーであったといえよう。この場を借りて、大津市教育委員会をはじめ、今回の発掘調査と説明会に関わった方々の労をねぎらいたい。

白光りする石垣を前にただただ感動

発掘現場は比叡山坂本駅から歩いて15分程度。今回の発掘は宅地造成工事にともなう調査とのことだが、そのとおり、住宅地と田畑に囲まれた一角だった。調査面積は900平方メートルというから、小学校のプール3つ分程度の大きさである。

調査地に入るとすぐに、新発見の石垣が目に飛び込んできた。高さ1メートル程度の算木積みの石垣が、南北に30メートルほど一直線に伸びている。事前に洗浄してくれたからだろう、石垣は花崗岩らしく白光りしており、新発見の歴史的遺構に対峙した感動も相まって、どこか神々しさすら感じる。石垣前面の堀跡から崩れた石材がいくつも見つかっていることから、さらに高く積まれていたことが想定される。おそらく、1.5〜2メートルの高さがあったのではないだろうか。

坂本城、石垣発掘
検出された石垣。堀に多くの石材が転落していることから、もう1〜2段は高かったのだろう。堀の幅は12メートル程度で、水堀だった可能性が高い

坂本城、発掘、石垣
石垣の裏側には、水はけをよくする小石(栗石)が用いられている。安土城以降の信長・秀吉時代の石垣と同様の工法である

城郭史のエポックメイキングである坂本城の石垣

この石垣の貴重性を語るには、城郭史を少しだけ振り返る必要がある。日本の城の大きな流れとして、戦国時代には土造りの山城が中心だったのが、織田信長や豊臣秀吉の時代以降、天守がそびえ立つ石垣造りの城へと移行した、というのは読者の方々もよく知るところだろう。戦国時代にも石積みが使われている城は全国に多々あるのだが、城の全面に石垣を敷いてこれを土台とし、その上に高層建造物や瓦葺きの建物が建ち並ぶような城郭を生み出したのは信長の功績である。日本史上、いや世界的に見ても、前代未聞、国籍不明の巨大建築様式だった。

こうした信長がプランニングした新たな城郭は安土城(滋賀県近江八幡市)によって大成したと位置付けられるが、近年の研究の進展により、安土城以前にもさまざまな城で試行されていたことがわかっている。信長の居城だった小牧山城(愛知県小牧市)や岐阜城(岐阜県岐阜市)で安土城以前の石垣が見つかっており、また信長が築いて足利義昭の居館となった旧二条城(京都府京都市)や、細川藤孝の居城であり信長の前線基地であった勝竜寺城(京都府長岡京市)などの安土以前の城でも、石垣が使われたことがわかっている。

坂本城復元イラスト
坂本城復元イラスト。石垣造りで安土城以前の天守も建っており、信長にとって実験的な城だったという指摘もある。本丸が湖に突出しており、琵琶湖の水運を押さえるための城でもあった(イラスト=香川元太郎)

坂本城も安土築城を5年ほど先駆けて築かれた城であり、つまり発見された石垣は安土城以前に築かれた城郭史に残るエポックメイキングな遺構といえるのだ。それが数百年の時を経て姿を表したとなれば、研究者が「世紀の発見」と評価し、城ファンが心躍らせて比叡山坂本駅に殺到したのも無理からぬことだろう。

坂本城三の丸からは生活の痕跡も出土

調査地からは石垣以外にも、井戸や礎石建物の痕跡、転用石材が見つかっている。また見学会では、発掘された瓦や陶器をはじめ、漆器や木製品、土師器なども公開されていた。調査地は三の丸の一部だったとされるが、見つかった遺構や発掘品からは、三の丸にも屋敷が建ち並び、武士らの生活が営まれていたことがわかる。じつに貴重な発掘成果なのだ。

坂本城、石垣発掘
検出された井戸跡(左)と転用石材(右)。井戸があるということは、居住空間であったことを示している。光秀も日常的に使用していた井戸かもしれない

坂本城、石垣発掘
出土した陶器・土器類(左)と瓦(右)。現地ではこうした発掘品を手に取りながら、担当者の人から直接説明を受けることができた

説明会があった翌週の2月13日、滋賀県の三日月知事による「『埋め戻すのはもったいない』とか、『ほかにも調べてほしい』という声を現地でも聞いた。しかし、私有地であることや、民間企業の開発計画との兼ね合いもある。どう文化財を守っていくのか、大津市ともよく議論していきたい」(NHK NEWS WEBより)という談話が飛び込んできた。そしてすぐさま、宅地造成工事を中止することが業者と合意し、史跡は保存され、国史跡指定を目指すという方針が大津市の佐藤市長から発表された(2月20日)。このスピード感は、今回見つかった坂本城石垣の歴史的重要度や注目度の高さを示している。決定は業者や地元の方々の理解・支援の賜物でもあるだろう。また、新発見によって工事を取り止めるという事例は珍しく、今後の発掘調査や城跡保存に一石を投じるかたちになった。

一城ファンとしては、保存決定を諸手を挙げて歓迎するとともに、今後も発掘調査が継続し、新たな遺構発見のニュースが届く日を心待ちにしたい。

執筆・写真/滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。手がける主なジャンルは日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなど歴史全般。最近手がけた城関連の媒体に『千田嘉博と春風亭昇太が攻める 最強の山城! 関東編』(PHP研究所)、『最強!日本の城』(ワン・パブリッシング)、『「地政学」でわかる! 日本の城』『ざんねんなお城図鑑』(いずれもイカロス出版)など。