超入門! お城セミナー 超入門!お城セミナーまとめ【歴史編Vol.1】

初心者向けにゼロからわかりやすく解説する「超入門!お城セミナー」。私たちが現在当たり前のように見ているお城は、果たして何のために造られ、どのように使われていたのか? そうした改めて問われると答えに困ってしまう「お城の歴史」を紐解く記事をまとめましたので、ぜひ参考にしてください。

城を造るにはどれくらい費用や期間がかかるの?

そもそも、お城はどのように築かれるものなのでしょうか。何もない広大な敷地の中に天守や石垣を築いていくには、大勢の人を動員して大規模な工事を行うんだろうな…ぐらいの想像はつきますよね。

では、お城を造るにはどのような工程を踏むのか? そして、どれくらいの時間と費用がかかるのか?

姫路城
池田輝政は姫路城(兵庫県)を大規模城郭へ改修するにあたり、天守をはじめとした大小80以上の建物を建てる作事を行った

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天守っていつからあるの?

お城といえば立派な天守が思い浮かぶ人も多いでしょうが、中世の山城には天守にあたる大きな建物がなかったそうです。

では、城郭に天守が建つようになったのはいつからか? そして誰が最初に天守を造ったのでしょう?

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慶長年間に築かれた犬山城(愛知県犬山市)の天守は現存する中で最も古い天守とされているが、近年は丸岡城(福井県坂井市)が最古ともいわれている

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お殿様って天守に住んでいたの?

権力の象徴としてお城の目立つ場所に築かれた天守。「権力の象徴ということは、お殿様は天守に住んでいたのかな?」と思う人も多いでしょう。

でも、現存している天守の内部は、壮麗な外観とは対照的に装飾性が一切ありません。実際のところ、天守はどのように使われていたのでしょうか?

彦根城
彦根城(滋賀県)天守の内部。床は板張りでふすまも非常に簡素なものだ

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現存天守はなぜ12城しか残っていないの?

天守は江戸時代までに全国で数百基も建っていたそうですが、現在まで残る天守はわずか12基のみとなっています。

明暦の大火で焼け落ちた江戸城(東京都)のように災害で失われたケースもありますが、その多くは“ある政策”が大きく影響しているのです。

松江城
2015年に国宝となった松江城(島根県)天守は、売却されかけたところを旧藩士・高木権八や豪農・勝部本右衛門らによって買い戻された

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大阪城が秀吉の城じゃないって本当?

大阪のシンボルとして今も親しまれている大阪城(大阪府)。このお城は豊臣秀吉が築いたものとして有名ですが、実は秀吉の大坂城は、豊臣方と徳川方が雌雄を決した大坂夏の陣で焼失しています。

では現在、大阪に建っている城は誰が建てたものなのか?

大阪城
大阪のシンボルとして親しまれる大阪城。実は現在の天守は三代目なのだ

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どうして琵琶湖のまわりにはお城がたくさんあるの?

滋賀県・琵琶湖の近くには、現存天守がある彦根城長浜城、さらに城跡も含めると安土城観音寺城など有名なお城がズラリ。

実は近江国(滋賀県の旧国名)は、城跡が全国屈指の1300か所以上もある「城の国」なのですが、なぜ琵琶湖周辺に名城が集中しているのでしょう?

彦根城
佐和山城から見た彦根城。琵琶湖に面していることが分かるだろう。戦国時代から江戸時代にかけては、このように琵琶湖に隣接する城が多数築かれた

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