超入門! お城セミナー 第133回【歴史】時代劇のリアリティを支える、時代考証のお仕事に迫る!

お城に関する素朴な疑問を、初心者向けにわかりやすく解説する連載「超入門! お城セミナー」。今回はちょっと趣向を変えて、歴史ドラマ・映画のリアルについて。大河ドラマなどの時代劇で欠かせないのが、時代考証。最近は4K技術などでテレビ画像がより鮮明になり、画面に映る文書の文面などが視聴者に解読されて、しかもそれが瞬時にSNSで拡散されたりするので、制作する側も大変なのだとか。今回は時代劇を支える時代考証のお仕事を深堀りします。

織田信長、安土城
大河ドラマ登場回数において、1位か2位を争うのではないか、と思われる織田信長。信長の居城・安土城の時代考証も、最新情報がアップグレードされるたび形状が変化している(写真は安土城天主台跡)

チャンバラ劇からリアルな時代劇へ

時代考証とは、映画やテレビドラマやNetflixなどの時代劇、歴史番組の再現ドラマや歴史をモチーフにしたCM、歴史漫画やアニメなどの制作の際、「内容が史実に即しているかどうか」を検証するお仕事です。

かつて時代劇といえば、『水戸黄門』や『暴れん坊将軍』のように、悪政に苦しむ庶民を助ける正義の味方が、悪人共をバッサバッサと斬り捨てるチャンバラ劇が主流でした。それはそれで楽しいのですが、しかし近年は、より史実やリアリティに沿った時代劇が求められるようになっています。

リアリティが求められるようになったのはお城も同じ。一昔前は「城=天守」が当たり前で、『暴れん坊将軍』で姫路城(兵庫県姫路市)が江戸城(東京都千代田区)として登場していたのは有名なエピソードですね。しかし『真田丸』(2016年大河ドラマ)に登場した数々の山城や、『麒麟がくる』(2020年大河ドラマ)でセット再現された坂本城(滋賀県大津市)のように、近年のドラマ・映画では厳密に考証・再現されたお城を目にする機会が増えています。

考証には歴史学の大家はもちろん、リアルタイムで論文を書いている中堅・若手の研究者がオファーされることも多く、考証対象もお城や合戦の考証に留まらず、文化や風俗・衣装・文書・名前・年齢と多岐にわたります。例えばNHK大河ドラマの場合、資料考証はもちろん、スタッフには、殺陣・所作・馬術・風俗・美術・建築・料理・茶道・華道・民謡などなど、生活・文化にかかわる多種多様の専門家が、全力で番組制作に携わります。

もちろん全国の博物館や資料館、調査会など、各地の研究会や文化財保存会も総力を上げてバックアップ。こうした盛り上がりによって、新発見があることも多々あります。例えば『真田丸』放送中に、島根県松江市で江戸時代の詳細な真田丸の絵図が発見されたのは記憶に新しいところ。大河ドラマの影響は計り知れないものがあるといえます。

時代劇ができあがるまで

岐阜城
かつて時代劇のロケでは欠かせない場所だった姫路城。『暴れん坊将軍』では、天守など城内の建物が江戸城として登場していた

時代劇にかかわらず、映像制作のスタートは、まずは脚本作り。小説などの原作があれば原作から脚本が起こされ、なければ脚本家がゼロから脚本を執筆します。こうして出来上がった第一稿の脚本を元に、時代考証会議が行われます。プロデューサーやディレクター、美術さんなど、10〜20人以上のスタッフが集まり、白熱した会議が行われます。

ここで時代考証は、脚本の内容が「史実に即しているかどうか」をチェックします。具体的には、登場人物の名前・年齢・出身地・身分・地位・家族構成・言葉遣いなど。さらに用語・地名・登場する神社や寺の名前・日時や季節などもチェックします。

こうして第一稿が修正され、完成した第二稿を確認して、問題がなければこれが完成稿になります。しかし時には、第三稿・第四稿・第五稿と、完成稿までに何度も脚本が書き直されることも。こうなると毎週のように時代考証会議が続き、とても忙しいのだとか。

このようにして出来上がった完成稿を元に、いよいよ撮影がスタートします。しかし撮影中も時代考証の仕事は続きます。城郭や住居、甲冑や旗印、書状、地図・地形、所作・席次、小道具、衣装、食べ物、貨幣・商品、乗り物・交通、娯楽、動植物など、撮影後の映像を確認しながら、問題がないかをチェックします。

「姓」と「苗字」

それでは実際、時代考証がどのようなことを確認しているのか、人の名前を例に見ていきたいと思います。

まず時代劇で注意しなければならないのは、登場人物の名前です。現代の日本は氏名のみですが、かつての日本は「氏(うじ)」「本姓」「諱(いみな)」…などがあり、非常に複雑でした。時代劇で様々な時代を描く際に重要なのが、こうした当時の名前のルールを無視していないか?間違いはないか?ということになります。

古代は同じ血族であることを示す「氏(うじ)」が使われました。「四姓」と呼ばれる源氏・平氏・藤原氏などがこれにあたります。しかし、中世になると同じ氏を持つ一族が増えすぎたため、上級階層の間に「北条」「三浦」のような土地の名前などに由来する氏が普及。血族由来の氏を「本姓」、土地由来の氏を「苗字」と区別するようになり、普段は苗字を使うようになります。一方、本姓は朝廷から官位をもらったり、所領に関する公文書を作成する際に必要とされました。

苗字や本姓は軍事・政治的な事情により改姓が行われることもあります。2023年大河ドラマ『どうする家康』でも、独立した主人公・家康が官位をもらうために先祖代々の「松平」から源氏の「徳川」に姓を改めようとする(結局、藤原氏の「徳川」になっていましたが)描写がありましたね。

足利尊氏、経文
室町幕府初代将軍・足利尊氏が寺院に納めさせた経文。末尾の書名は、本姓・姓・諱に加えて官職と位階が記載されている(東京国立博物館蔵/ColBase)

個人名は、産まれてすぐにつけられる「幼名」と元服した際に名乗る「実名」があります。織田信長の場合は幼名が「吉法師」、実名が「信長」です。実名は「諱(いみな)」(忌む名)ともいい、主君や親以外が口にすることははばかられ、実は家臣が気軽に「信長様!」などと呼ぶことはありえませんでした。「実名」はその人の象徴であるため、これを呼ぶことはその人を支配、あるいは呪うことにつながるとされていたのです。

メディア作品での実名に関する近年の大きな動きは「真田幸村」の呼称が有名ですね。幸村の実名は「信繁」ですが、江戸時代の軍記物の影響で「幸村」の知名度があまりにも有名になったため、大河ドラマなどでも長年「幸村」の名前で登場していました。しかし『真田丸』では、当時の手紙などから推測される実名が「信繁」だったこと、本人が「幸村」を名乗った形跡がないことから、史実を尊重して「真田信繁」と呼称。これは歴史ファンからは、「『真田丸』制作スタッフの本気度が感じられる!」と喝采されたようです。

女性の実名はほぼ不明

女性の「実名」は、男性よりさらに他人に知られないようにしたので、家譜や系図に残された場合を除き、ほぼ不明です。しかも記された場合も出家した後に名乗る「法名」が主だったので、時代劇に出てくる女性の「実名」は、ほぼ創作ということになります。例えば、織田信長の正室(斎藤道三の娘)は一般的には「濃姫(のうひめ)」とされますが、これは「美濃から嫁いできた姫」という意味で本名は不明。『麒麟が来る』でも採用された「帰蝶(きちょう)」も、江戸時代の史料に見られる名前なので、実名ではない可能性が高いようです。

清洲城、濃姫像
清洲城の濃姫像。彼女は名前だけでなく没年も不明のため、ドラマや映画では様々な最期が創作されている

このように、名前だけに着目しても、素人にはとても真似のできない専門性が必要とされる時代劇の時代考証。テレビや映画で多くの人の目に触れる機会だからこそ、多くの専門家の叡智も結集されるといえるでしょう。これからも時代考証に携わる方々のご活躍に期待しながら、ますます面白い時代劇が制作されることを願います。

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執筆・写真/かみゆ歴史編集部
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。主な制作物に、戦国時代を地方別に紹介・解説する『地域別×武将だからおもしろい 戦国史』(朝日新聞出版)や、全国各地の模擬天守・天守風建物を紹介する『あやしい天守閣 ベスト100城+α』(イカロス出版)、お城の“どうしてそうなった!?”な構造や歴史を紹介する『ざんねんなお城図鑑』(イカロス出版)、スタンプ帳付の子ども向けお城入門書『戦国武将が教える 最強!日本の城』(ワン・パブリッシング)など

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