訪城数日本一の夫婦ウモ&ちえぞーに聞く城旅のコツ ③戦国武将の城とゆかりの地をあるく

夫婦二人で6000近くの城を訪れているウモ&ちえぞーさんが、城めぐりの計画の立て方や山城の歩き方などをレクチャーする「ウモ&ちえぞーに聞く城旅のコツ」。第3回は、ウモさんが武田氏のゆかりの城をめぐる旅を例に、1泊2日でのプランニング方法を解説します。秋から冬にかけての城めぐりシーズンに泊まりがけでの城旅を計画している人は、ぜひ参考にしてみてください!



1泊2日で武田氏ゆかりの城をめぐろう!

秋から冬にかけては山林の藪や不快な虫も消え、雪国以外ではお城めぐりに最適なシーズンとなる。秋は紅葉なども楽しめる。そこで今回は、1泊2日程度で楽しめるお城めぐりの一例を紹介してみよう。

今回は1泊だから、ある程度地域を決めて回ってみることにする。さらに今回はお気に入りの戦国武将ゆかりの地というテーマで計画を立ててみよう。ここでは一例として有名な武田信玄ゆかりの地を取り上げてみた。信玄の本拠は甲斐国府中、現在の山梨県甲府市である。それでは早速1泊の「信玄ツアー」をプランニングしてみよう。

ただし前提条件となるのが移動手段である。車なのか公共交通なのかによって移動効率・徒歩の時間などが大きく異なる。公共交通の場合は時刻表なども調べなくてはいけない。残念ながら中世城郭は都市部から離れた場所にあることが多く、公共交通は必ずしも充実していない。ここでは一応、車で移動することを前提に計画を立ててみる。

時間と体力を考えながら計画を立てよう

①初日:甲府市周辺
躑躅ヶ崎館は信玄の本拠地である。せっかく「信玄ツアー」を組むからには外せない。ここは甲府市内でも屈指の観光地、武田神社になっており、アクセスも便利だ。館と言っても結構広く、遺構も充実しているので1時間程度は取っておきたい。

次にここを起点に周囲のお城を拾ってゆく。この躑躅ヶ崎館の裏手には要害山城という武田氏の詰めの山城がある。遺構も多く、信玄の生誕地とされる場所だから是非行っておきたい。ただし要害山城は比高約220mの本格山城である。体力やどこまで見るかにもよるが、時間は多めに3時間程度見積もっておきたい。

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 めぐる城をGoogleマップにマッピングしていく。今回は城跡を赤、その他の史跡を黄色でマッピングしていこう

さらに武田ファンにおススメのコースとして、武田二十四将の屋敷跡めぐりがある。これは市街地や住宅地の中に看板が立っているだけで遺構はほぼ無いが、高坂弾正、馬場美濃守らキラ星のような武将の屋敷跡である。案内図は神社正面の看板にある他、甲府市のホームページなどでも見られる。一通り見るにはかなり歩くので2時間程度はみておいたほうがいい。

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 武田二十四将屋敷跡の所在地を黄色で追加。甲府市内には、他にも信玄や三条夫人(信玄の正室)の墓所などの史跡が点在する

甲府駅の目の前には近世城郭・甲府城がある。これは江戸時代の城であるが、天守台をはじめ石垣がよく残っているほか、門や櫓なども復元されているので、ぜひ立ち寄りたい。見学時間は1時間程度に設定する。大体この辺で一日が終わる。宿泊先は利便性のよい甲府市街地に取ることにしよう。

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 初日最後の城・甲府城もマッピング。訪れる城と場所を決めたら、見学時間やルートの詳細を考えていこう

②2日目:新府城周辺
武田氏関連の著名なお城として、新府城も見ておきたい。信玄の後継者、勝頼が築いた戦国末期の最新鋭城郭である。大きな駐車場もあるし、駅からも比較的近い。新府城の比高は40m程度であるが、広大な城なので2時間程度は確保したい。

ここから先はやや場所が離れるし、マニアックになるが、同じ韮崎市内に白山城という技巧的な山城や、武田氏始祖とされる武田信義の館跡などもある。隣接する北杜市には公園となっている若神子城谷戸城笹尾砦などもあり、これらも見応え十分だ。このあたりは体力や移動手段を考慮しながら選択していくとよい。

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 2日目の候補城をマッピング。所在地が広範囲にわたっているため、どの城を訪れるのか、しっかりと計画を立てよう

実際に武田の城を歩いてみよう

【1日目:甲府周辺の城をめぐる】

①躑躅ヶ崎館
まずは武田神社となっている躑躅ヶ崎館をめざす。周囲には水堀があり、東側には大手前広場として土塁や堀が復元されている。神社境内は高い土塁で囲まれている。この方形の区画が本丸であり、信玄らが居住していた場所だ。その西側は西曲輪となっており、高い土塁に囲まれていて、土塁上を歩くこともできる。北側にはコの字の大型の枡形虎口があり、石積みもある。さらに土橋をわたって北側に出ると北曲輪である。正面奥に見えるお椀を伏せたような山が詰城・要害山城である。南西は宅地などになっていて一見分かりにくいが、道路沿いの南側に梅翁曲輪の水堀も見られる。

躑躅ヶ崎館西曲輪の枡形
 躑躅ヶ崎館西曲輪の枡形。石積みが用いられた先進的な造りである

②武田二十四将屋敷めぐり
躑躅ヶ崎館の後は周辺の屋敷跡の看板めぐり。市街地や住宅地の中に看板が立っている。場所はやや見つけにくいが、宝探しのつもりで歩いてみる。近くには信玄の墓所もあるので折角だから立ち寄っていく。アスファルトの上を長時間歩くのは存外疲れるので随時休憩をはさむとよい。

信玄
 死が公にされるまでの3年間、信玄が葬られていた墓所。近くには、信玄の祖先が創建した円光院もある

③要害山城
躑躅ヶ崎館から北側に4㎞ほど行った場所が要害山城の登り口だ。登山道沿いには門跡や竪堀・竪土塁などが次々と現れ、疲れている暇がない。眺望スポットからは甲府市街や先ほどの躑躅ヶ崎館を見晴らすことができる。圧巻なのは通称三の門で、大型の枡形虎口と大きな石を用いた石積みが残っている。山頂の本丸には「武田信玄公誕生地」の石碑が立つ。曲輪は土塁で囲まれている。尾根続きの搦手方向にも堀切・竪堀が連続し必見だ。

山麓周辺には武田氏ゆかりの積翠寺、信玄産湯の井戸などもあるので折角だから見ていこう。なおこの行程では屋敷めぐりを先にしたが、明るいうちに先に要害山城を見ておくという手もある。

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 要害山城の通称三の門。大きな石積みのある虎口で、内側は大きな枡形虎口となっている

④甲府城
甲府駅の真ん前の近世城郭。立派な石垣、天守台などがある他、稲荷櫓や門、塀等が復元されている。天気が良ければ天守台から富士山の姿を眺めることも可能だ。

天守、望楼型
 本丸から見た天守台。上面が台形に近い歪んだ形のため、天守は望楼型だった可能性が高いという

【2日目:新府城をあるく】

①新府城
本丸に藤武神社があり東側に長い階段の参道があるが、当時はこの参道はなく途中には遺構もあまりないので、北側の通称搦手から登る。山麓には水堀があり、ここには2か所に出構と呼ばれる陣地がある。これは敵に十字砲火を浴びせるための施設で、横矢の発展形の極めて珍しい遺構だ。搦手口は枡形を伴う馬出し形式になっており、この先には土塁や堀、井戸などが連続しており見応えがある。山頂までは10分ほどである。広々した本丸や二ノ丸、所々にある土塁など、武田氏の新本拠地かつ最後に相応しい城である。中でも見応えがあるのは南側の大手口とされる虎口の枡形と丸馬出しである。これらは武田氏関連の城郭に多く見られる特徴的な遺構でもある。見学は概ね2時間程度は見ておこう。

新府城の出構
 新府城の出構。新府城は築城技術の粋を集めた最先端の城だったが、織田信長の侵攻により、未完成のまま放棄されてしまう

②白山城ほか
白山城は新府城から直線で約4㎞、釜無川の対岸にある山城である。比高140mほど、かなり技巧的な手法が見られるお城だ。

白山城、馬出、帯曲輪
白山城は小規模な城だが、馬出や帯曲輪などが巧みに配置されている

その他のお城は、時間や体力を考慮しながら回っていく。

上記は主に武田信玄・勝頼代の代表的な城や史跡をまわるモデルコースの一つである。実際には体力や移動時間、昼食時間などを考慮し、紅葉を楽しみつつ無理のない範囲で歩けばよい。順番も臨機応変に入れ替えてもいい。自分なりの「信玄ツアー」を組んでみよう。


執筆/ウモ
新潟県出身。Webサイト「埋もれた古城」管理人。城めぐりを趣味としており、ちえぞーさんと一緒に年間約500城(再訪含む)をめぐり、これまでに約6000城に訪城している。主な執筆協力に『図説 茨城の城郭』(国書刊行会)、『廃城をゆく』シリーズ(イカロス出版)、『完全詳解 山城ガイド』(学研)など。

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