お城ライブラリー vol.5 斉藤洋著『白狐魔記』

お城のガイドや解説本はもちろん、小説から写真集まで、お城に関連する書籍を幅広くピックアップする「お城ライブラリー」。今回は、キツネの目線から見た日本の歴史を描く斉藤洋著『白狐魔記』をご紹介します。



キツネから見た人間の残酷さ、奇妙さ、そして儚さを描く

人を主人公に据えた歴史小説はごまんとあるが、キツネ目線で話が進む歴史小説は珍しいに違いない。本作は、主人公に「白狐魔丸(しらこままる)」という名前の白キツネを据えた児童書である。

(キツネからすれば)奇妙で不可解な人間と人間社会に興味を持った白狐魔丸は、仙人のもとで修行をして化身の術を体得し、人間に化けては人間社会に紛れ込んでいた。ある時、兄の源頼朝から追われていた源義経とその家臣・佐藤忠信らに出会う。日ごろから「なぜ人間は同じ生き物なのに争い殺し合うのか」という疑問を抱いていた白狐魔丸は、義経たちに強い興味を持ち、彼らと行動をともにして疑問の答えを追い求める…というストーリー。

白狐魔丸は術を使いすぎると、数十年の深い眠りに落ちてしまう。本シリーズは6巻出ているが、たとえば1巻「源平の風」のあと、元寇をテーマにした2巻「蒙古の波」まで85年も眠りっぱなし。その後も起きては寝てをくり返し、鎌倉時代末期の楠木正成、戦国時代の織田信長、江戸時代の天草四郎、大石内蔵助といった人々に出会うのである。

作者は、『ルドルフとイッパイアッテナ』(講談社)『ペンギンたんけんたい』(講談社)など、動物を主人公にした作品で知られる児童文学作家・斉藤洋。本シリーズも小学校高学年から読める児童書で、特徴はなんといっても歴史を知らずとも読めることだ。白狐魔丸は何十年も眠ってしまうと先に書いたが、これが本書のミソ。眠っていた間のことは当然白狐魔丸も知らないため、今がどんな時代で何という人物が世の権力を握っているのか、人間や知り合いのキツネが基礎の基礎から教えてくれるのである。さらに本の後ろには、実際の歴史上の出来事と白狐魔丸の足取りが対応した年表もついている。ルビがしっかり振られているのも嬉しい。

小学生でも想像力を膨らませられるよう、その描写は細かい。たとえば4巻「戦国の雲」で、織田信長が建てた安土城は次のように書かれている。「山全体が琵琶湖に突き出た半島で、東西と北の三方を湖にかこまれ、南には広い内堀がある。城には西南側から橋をわたって入るが、橋からは摠見寺の三重の塔のむこうに城の天守閣が見えた。天守閣の上の二層は、城というよりむしろ寺のようなおもむきがある」。加えて白狐魔丸が「信長はほとほと山頂が好きなのだな」などとぼやいており、全体像をありありと思い浮かべることができる。

5巻「天草の霧」では、日暮城(原城)に立て籠もった天草四郎やキリシタンたちの苦境と叫びが描かれる。彼らが救援も食糧もないという絶望的な状況に追いこまれ、それでも最後までパライソ(天国)に行けることを信じて戦い槍で胸を突かれるという一部始終から、白狐魔丸は決して目をそらさない。そして彼らの死を見て考える。「なぜ人間は戦い、何を思って死んでいくのか」と。白狐魔丸の目を通して読者に問いかけられるテーマは大きく、児童書とは思えない読み応えである。

なお本シリーズでは他にも、千早城(3巻)、岐阜城長島城(4巻)、島原城(5巻)、江戸城(6巻)といった城が登場する。
まるで歴史を裏側から覗きこんでいるような、キツネ目線のタイムファンタジー。子どものはじめての歴史小説として、また歴史小説はこむずかしくて…と感じてしまう大人に、ぜひ読んでいただきたい一冊だ。

白狐魔記
[著 者]斉藤洋
[ 画 ]高畠純
[書 名]白狐魔記(しらこまき)(源平の風、蒙古の波、洛中の火、戦国の雲、天草の霧、元禄の雪)
[巻 数]全6巻
[版 元]偕成社
[刊行日]1996〜2012年

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執筆者/かみゆ歴史編集部(二川智南美)
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。手がける主なジャンルは日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなど歴史全般。主な城関連の編集制作物に『日本の山城100名城』『超入門「山城」の見方・歩き方』(ともに洋泉社)、『よくわかる日本の城 日本城郭検定公式参考書』『完全詳解 山城ガイド』(ともに学研プラス)、『戦国最強の城』(プレジデント社)、『カラー図解 城の攻め方・つくり方』(宝島社)、「廃城をゆく」シリーズ(イカロス出版)など。

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