マイお城Life マイ お城 Life | 香川元太郎さん[前編]迷路遊びが城好きの原点

生粋の城ファンや城を生業とする方々にご登場いただく連載「マイ お城 Life」。第1回目のゲストは、城の復元イラストの第一人者である香川元太郎さん。城に興味を抱いた少年時代の思い出から城を描くようになったきっかけ、さらに精密なイラストの描き方までたっぷりとうかがった。

香川元太郎、取材、自宅
香川元太郎さん。素敵なご自宅で取材(撮影=畠中和久)

城に興味を抱くきっかけになった〝迷路遊び〟

城ファンで「香川元太郎」の名前を知らないのはモグリだろう。雑誌『歴史群像』(学研プラス)などで城の復元イラストを発表し続けて20数年。大きな復元イラストは400点近く、小さい説明カットまで含めると700点もの城イラストを描いてきた。城の入門書や城を特集した雑誌を手にとったことがある人は、たとえクレジットを見落としたとしても、香川さんのイラストを1度は見たことがあるはずだ。香川さんの復元イラストに魅せられて、城ファンになった読者も多いことだろう。

城に興味を抱くきっかけは何だったのか。それを訪ねると、少年時代の意外な趣味について教えてくれた。

玄蕃尾城、復元イラスト、香川元太郎、
香川さんが描いた玄蕃尾城(福井県/滋賀県)の復元イラスト。細部まで正確なだけではなく、合戦を前にした兵士らの動きまで描かれており、戦国時代の空気感まで伝わってくるようだ

(香川)
僕は愛媛県松山市出身で、松山城のお膝元で生まれ育ちました。松山城は見慣れた身近な存在でしたが、だから城に興味をもったのかというと、そうじゃない。

城を好きになった直接のきっかけは、〝迷路遊び〟にあります。幼い頃から、父が作ってくれた自作の積み木で立体迷路をつくって、その世界に没頭していました。つくった迷路を眺めながら何度も何度も行き来して、飽きたら崩して、また新しい迷路を積み上げるの繰り返し。僕は城のイラストレーターであるとともに迷路作家でもあるんですけど(註:香川さんが制作する「迷路絵本」シリーズは累計270万部のベストセラー)、城や迷路を描く原点は、来る日も来る日も立体迷路を作り続けていた少年時代にあったといえるでしょうね。

迷路が好きになって、改めて松山城の面白さを再発見しました。ほら、松山城は登城道がUターンしていたり、隠し門があったり、迷路的な要素が多いでしょ。本壇の複雑さは迷路そのものだし。僕が城好きになった要因は、天守とかの建造物ではなくその複雑な構造、もっと言うと〝通路〟にあったといえるでしょうね。

松山城、
香川少年が毎日のような眺めていた松山城

松山城、天守群、迷路
松山城本壇の天守群。幾度も屈曲しないと大天守にたどり着くことができず、その複雑さはまるで迷路のようだ

(香川)
高校生になると、城を見るために1人で遠出しました。姫路城はよく言われますけど、本当に迷路のような構造で夢中になりましたね。ただ、1人で城を見に来る高校生なんて怪しく感じるのでしょう。備中松山城に行ったときは、お巡りさんに「お前何やってんだ」と詰問されたのも、今ではいい思い出です(笑)。

日本画家からイラストレーターへの転身

香川さんの城イラストの魅力は、城の全体像を直感的につかむことができるとともに、細部の曲輪や構造、さらには人の動きまで精密に描かれている点にある。そのイラスト上で大手門から主郭までのルートを指でたどりながら、「どうしてこういう構造になっているのか」「どうやってこの城を攻めようか」と、空想に興じることもできる。城の防御の本質は迷路のような構造にあると言われるが、香川さんのイラストはまさに迷路のように遊ぶことができるのだ。その原点が〝迷路遊び〟にあったというのは、とても納得ができる話だ。
迷路好きから城好きへと転じていった香川さんだが、そこから直接イラストレーターとしての仕事に結びついたわけではない。城のイラストを手がけるようになるまでには、もう少し人生の紆余曲折があった。

(香川)
僕、あまり知られてないのですが、日本画家として活躍していた時期があるんです。高校は進学校だったんですけど、勉強には全然興味が持てなくて、「絵が描ければ勉強しなくても美大に入れるよ」っていう友人の言葉をあっさり信じて、「よし、日本画科を目指そう」と短絡的に決めちゃいました。結局、大学入るのに2浪もしましたけどね(笑)。それで大学3年のときに迷路をモチーフにした作品が評価されて、画壇デビューを果たします。10年くらいは、日本画家として活動していたんじゃないかな。

それとともに、東京宝塚劇場に勤務して、劇場の舞台背景や大道具の絵を手がけていました。大きくて派手な舞台セットを描くのはやりがいがあったし、俳優や宝塚のお姉さんと触れ合う機会もあって、それはそれで面白い職場だったんですけど、ずっと続けるのは大変だとは感じていた。

日本画の制作を行いながら、イラストの仕事もちょくちょくやっていました。ただ、片手間でやっているだけなので仕事が単発で終わってしまう。そんなとき、逆井城(茨城県坂東市)の公園整備計画の図面を描く仕事が舞い込みます。現在の逆井城には中世の物見櫓や主殿などが復元されていますが、それも含めたパース画の制作ですね。通常、公園のパース画は建築会社の人とかがやる仕事ですけど、城の復元建物を描かないといけないということで、日本画出身の僕に白羽の矢が立ったようです。

逆井城、井楼櫓、土塀
逆井城は井楼櫓や土塀など、中世の城の姿が発掘調査をもとに復元されている

その公園整備の監修者が、当時すでにベテランの城郭研究者だった西ヶ谷恭弘さんだった。

(香川)
僕の絵を見て「あんた、お城よく知ってるんだねぇ」なんて評価していただいて、西ヶ谷さんを通じて城や歴史関連のイラストを次々と手がけるようになります。それから間もなくですね、会社を辞めてイラストレーターとして独立したのは。城と仕事が結びついたということが嬉しかったし、単価がはっきりしているイラストの会計明朗さが性に合っていたということもあります。もともと、日本画壇の世界には嫌気がさしていましたしね(笑)。

復原図譜 日本の城、多聞山城、香川元太郎、西ヶ谷泰弘
西ヶ谷恭弘著、香川元太郎イラストで制作された1992年刊行の『復原図譜 日本の城』(理工学社)。多聞山城のイラストは、20数年を経て城で配布される説明チラシに掲載されたという

復原図譜 日本の城、香川元太郎
『復原図譜 日本の城』を見返す香川さん。香川「駆け出しのときの仕事で、基本はペン画なんですけど、スクリーントーンを貼ったり、墨を重ねて塗ったり、いろいろ試行錯誤をしていますね。今見ると恥ずかしいイラストばかりなんですけど、城の歴史を一通り描かせてもらって、とても勉強になった一冊です」(撮影=畠中和久)

イラストレーターとして独立後、雑誌『歴史群像』誌面にレギュラーで復元イラストが掲載され、また城の解説の執筆を自ら手がけることもあり、「城イラストといえば香川元太郎」という立場を確立する。以降、20年以上にわたって復元イラストを制作し続け、歴史雑誌や城の書籍を手がける編集者に頼られてきた。

ただし、香川さんが城イラストの第一人者であるのは、単に年数や点数の問題ではなく、そのイラストがオリジナリティを持つからだ。城ファンや歴史ファンを魅了する復元イラストはどのように制作されているのか。次回の中編では、その制作現場を少し覗いてみよう。


香川元太郎(かがわ・げんたろう)
1959年、愛媛県松山市生まれ。イラストレーター。日本城郭史学会委員。歴史考証イラストや図解が専門。主な著書に『47都道府県 よみがえる日本の城』『迷路絵本』シリーズ(ともに PHP研究所)、『歴群[図解]マスター 城』(学研プラス)、『日本の城 ―透視&断面イラスト』(世界文化社)など。雑誌『歴史群像』(学研プラス)では2000年以降、城の復元イラストを連載で発表し続けている。ホームページ「香川元太郎GALLERY」では、作品を閲覧できるほか、ブログも更新中。
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写真=畠中和久

取材・執筆/かみゆ歴史編集部(滝沢弘康)
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。手がける主なジャンルは日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなど歴史全般。主な城関連の編集制作物に『日本の山城100名城』『超入門「山城」の見方・歩き方』(ともに洋泉社)、『よくわかる日本の城 日本城郭検定公式参考書』『完全詳解 山城ガイド』(ともに学研プラス)、『戦国最強の城』(プレジデント社)、『カラー図解 城の攻め方・つくり方』(宝島社)、「廃城をゆく」シリーズ(イカロス出版)など。

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