超入門! お城セミナー 第69回【構造】堀って泳いで渡ることはできなかったの?

お城に関する素朴な疑問を、初心者向けにわかりやすく解説する連載「超入門! お城セミナー」。堀は実は「水堀」と「空堀」の2種類あり、今回は「水堀」についてのお話です。そもそも、水堀とは合戦時に敵が曲輪に侵入することを阻むために造られたもの。鉄砲や弓矢の届かない幅と鎧武者では泳ぎきれない幅を持っていましたが、その防御力は平時でも発揮されていたのでしょうか。そして、平時の水堀は泳いで渡れたのでしょうか?そんなギモンにお答えします!

皇居、桜田濠
近世城郭の広大な水堀は、鉄砲や弓矢といった飛び道具も無効化する(写真は皇居の桜田濠)

近世城郭はなぜ水堀で守るのか?

近世城郭に欠かせない広い水堀は、最強の防御設備だといわれます。確かに、何十mもの堀の向こうに高い石垣がそびえているのを見たら、そこから城内に攻め入ることが困難なのは一目瞭然。しかも戦時なら、櫓や石垣の上にたくさんの見張り兵がいたわけですから、諦めてお城の出入り口である虎口の突破を狙おうとするのが当然でしょう。

伊賀上野城、高石垣
伊賀上野城(三重県)の髙石垣。水面から天端石までの高さは約23mあり、堀を泳ぎきったとしてもこの石垣をよじ登るのは非常に難しいだろう

でも戦時はともかく平時なら、潜ってうまく身を隠したりしながら、泳いで渡りきることができそう。そう思った方もいると思いますし、きっと当時もそう考え、実行した人もいたでしょう。……でも、渡ろうとする者あれば、阻止しようと対策する者あり。どうやら水堀を泳いで渡りきることは、至難の業だったようなのです。ということで今回は、水堀に施された防御のための工夫や仕掛けについてのお話です。

その前に、水のない空堀と水をたたえた水堀では、どちらが防御しやすいでしょうか? 答えは、圧倒的に空堀。水がないと侵入しやすそうに思えますが、堀底との高低差が大きい堀だと、そもそも侵入すること自体が命がけになってしまうことも。例えばV字型の薬研掘の場合、(空堀の種類については、「第35回 【構造】堀にもいろいろな種類があるの?」を参照)堀の中に入ろうとすると堀底まで滑り落ちてしまいますし、登ろうと思っても取り付くところもなく、身を隠すこともできません。こうなると、恰好の狙い撃ち対象になってしまいます。その点、水堀は泳げさえすればドボンと飛び込んでも平気ですし、潜って身を隠すこともできますね。

有子山城、堀切
有子山城(兵庫県)の堀切。鋭く深い空堀は落ちれば重傷必至。さらに堀底に逆茂木や杭が仕掛けられていたら、生存は絶望的だろう

では、なぜ近世城郭では防御機能が少々劣る水堀が主流になったのでしょうか? 近世城郭が建てられた場所は平地や台地が多く、山城のように高低差を利用して防御するということができないため、広く深く、さらに何重もの堀が必要になります。そして平地はある程度掘れば水が湧くので、いっそ広大な城内の排水も兼ねることにしたのだろうと考えられています。

水堀を侵入者から守る工夫とは?

空堀に比べて防御機能が低めといえど、鎧武者が水に入ろうものなら動きが取れずに狙い撃ちされるのがオチ。合戦時であれば、水堀でも充分な防御力を発揮できるのです。でも、平時の場合は身軽な格好で潜って泳いで渡ろうとする、忍者のような侵入者がいることも想定しなければなりません。そこで、以下のような対策が取られていたようです。

1:鳴子(なるこ)のようなものを設置
鳴子とは、竹筒や木片を並べて吊るした板を、張った縄にぶら下げたもの。侵入者が縄に引っかかると音が鳴ります。縄を水中に張り、潜水する侵入者の存在を知らせたと考えられています。

2:菱(ひし)を植える
菱は、池や沼の中で丈夫な蔓をのばす水生植物。植えておくと、蔓が絡み付いて侵入者の手足の自由を奪います。

菱
菱は水底に根を下ろし、水面まで茎をのばす水草。ちなみに忍者が使うとされる「まきびし」は、菱の仲間・オニビシの実を乾燥させたものだそうだ

3:網を張る
水中に網を張っておけば、侵入者の行く手を阻んだり、動けなくしたりできます。

4: 水鳥を飼う
堀で水鳥を飼っていると、侵入者があった時に鳥たちが騒いでくれます。

岡山城、水鳥
岡山城(岡山県)内堀で遊ぶ水鳥たち。もちろんこの鳥たちは野生だが、江戸時代のお濠でもこのような光景が見られたのだろう

また水ぎわには、以前この連載でも紹介した、逆茂木(さかもぎ)や乱杭といった仕掛けが用いられた城もあったでしょう。(第57回 「【構造】知られざる、お城防御の最強兵器とは? 」を参照)石垣の折れで横矢もかかっていますし、堀の幅も鉄砲や弓矢の射程距離を計算した広さだったといいます。いずれにしても、しっかりと効果が期待できそうな仕掛けばかり。いやはやこれでは、泳ぎ巧者も忍者の皆さんも、水堀を渡りきることはかなり難しかったのではないでしょうか。

大阪城、南外堀
大阪城(大阪府)の南外堀。現在は六番櫓1基しか残っていないが、かつては侵入者を監視・攻撃するため、石垣の隅部上すべてに櫓が建っていた


執筆・写真/かみゆ歴史編集部
ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。かみゆ歴史編集部として著書・制作物多数。