城をめぐる最新研究|小和田哲男 城をめぐる最新研究 第1回「徳川家康時代の浜松城に石垣が積まれていた!?」

お城の歴史や造りにおいて長年定説とされてきたことが、新たな研究によって覆されることは珍しくありません。そうした最新研究にスポットライトを当てる、小和田哲男先生の連載講座「城をめぐる最新研究」が新たにスタート! 第1回でピックアップするのは、徳川家康が駿府城へ移るよりも前の居城だった浜松城に関する最新研究です。これまで家康が築いたお城で石垣を積んだのは駿府城が最初だったとされていましたが、実は浜松城が最初だったというのです!

石垣研究の第一人者が浜松城の石垣に関する新事実を論証

これまで、徳川家康が自分の城に石垣を積むようになったのは、天正13年(1585)に築城を開始した駿府城(静岡県静岡市)からといわれてきた。そうなると、当然、それまでの居城だった浜松城(静岡県浜松市)には石垣を積んでおらず、現在、浜松城でみられる石垣は、家康が関東へ転封したあと入ってきた豊臣大名堀尾吉晴が積んだものというのが定説だった。

ところが、3年程前、石垣研究の第一人者北垣聰一郎氏が「中世石積み技能者「穴太」の本貫地と、近世の「穴太」」という論文(『武田氏研究』63号)を発表され、その中で、家康が元亀元年(1570)に築いた浜松城にすでに石垣が積まれていたことを明らかにされた。家康の石垣との関係が何と15年も遡ることになったわけである。

北垣氏は、家康が浜松城を築いたとき、石垣を積んでいることをいくつかの史料によって論証されているが、その一つが『当代記』(『史籍雑纂』第二)である。そこに元亀元年(1570)のこととして次のような記述がある。

此六月、従見付浜松江家康公移給、先古飯尾豊前か古城に在城、本城有普請、惣廻石垣、其上何も長屋被立、見付普請被相止也、是信長依異見此、遠三之輩、何も在浜松す、九月十二日、本城江家康公令移給、

家康は領国が三河から遠江にまで広がったとき、居城を三河の岡崎城(愛知県岡崎市)から遠江の見付に城を移そうとして築城を開始した。ところが、その頃から武田信玄との仲が険悪となり、盟友織田信長の意見を容れて、それまで今川氏の駿府今川館の支城だった飯尾豊前守の居城引馬城(引間城)を城地に選び、新たな築城に着手している。それが浜松城である。

注目されるのは、この『当代記』に「惣廻石垣」が築かれたと出てくる点である。『当代記』には書かれていないが、信長の技術支援があったことは考えられる。元亀元年段階といえば、信長はすでに小牧山城(愛知県小牧市)および岐阜城(岐阜県岐阜市)で石垣を積んでいるからである。

浜松城の石垣普請に携わった人物とは

そして、もう一つの史料が、実際に石垣普請に携わった倉橋宗三郎に関するものである。この史料を紹介されたのは伊藤俊二氏で、伊藤氏が2019年に第36回全国城郭研究者セミナーで報告した「築城技術者の実態と系譜」の中で使った『寛永諸家系図伝』(第十一)と『三河国額田郡岡崎領主古記』である。

『寛永諸家系図伝』の倉橋姓のところに、「宗三郎 生国三河(中略)。元亀元年七月十四日、遠州浜松の城普請奉行をつとむ。此時死す。法名道西」とあり、『三河国額田郡岡崎領主記』にはもう少し具体的に次のようにみえる。

一、元亀元年午年、浜松御城御普請有、奉行ハ倉橋惣右衛門被仰付、地震ニテ天守ノ石垣崩レ、惣右衛門疵ヲ被リ、同七月十四日死、

『寛永諸家系図伝』で宗三郎とし、『三河国額田郡岡崎領主記』では惣右衛門とするが、これは同一人である。それは『寛政重修諸家譜』第十六に、「宗三郎 今の呈譜に惣左衛門」とあるからである。右と左のちがいはあるが同一人とみてよいであろう。そこには「元亀元年浜松城普請の奉行をつとむるのところ、天守の石垣崩れ落て疵をかうぶり、七月十四日浜松にをいて死す。年四十二。法名道西」と同じことが記されている。

浜松城、堀尾吉晴時代の石垣(天守台石垣)
堀尾吉晴時代の石垣(天守台石垣)

これら史料によって、家康が元亀元年に築いた浜松城にすでに石垣が積まれていたことが明らかになった。ただし、堀尾吉晴が築いた天守台の石垣は天正期にみられる算木積みなので、家康時代のものではない。となると、江戸時代浜松城の富士見櫓台の石垣は写真のように角石の重ね積みなので、こちらは家康の築いた浜松城の石垣とみてよいのではないかと考えている。

浜松城、富士見櫓下石垣(家康の浜松城時代の石垣)
富士見櫓下石垣(家康の浜松城時代の石垣)

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執筆/小和田哲男(おわだてつお)
公益財団法人日本城郭協会  理事長
日本中世史、特に戦国時代史研究の第一人者として知られる。1944年生。静岡市出身。1972年、早稲田大学大学院文学研究科 博士課程修了。静岡大学教育学部専任講師、教授などを経て、同大学名誉教授。
著書 『戦国武将の手紙を読む 浮かびあがる人間模様』(中央公論新社、2010)
   『地図でめぐる日本の城』(帝国書院、2023)ほか多数
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