お城ライブラリー vol.4 東京都教育委員会編『東京都の中世城館』

お城のガイドや解説本はもちろん、小説から写真集まで、お城に関連する書籍を幅広くピックアップする「お城ライブラリー」。今回は、都心に残る城跡を紹介する『東京都の中世城館』。



城や砦、屋敷跡など206城館を収録

東京都内にある城郭といえば・・・? 多少とも歴史を学んだ人であれば、「皇居は昔の江戸城」だったことを知っているだろうし、お城好きであれば滝山城八王子城といった城名はすぐに挙がるだろう。しかし、東京都内に206もの城跡があったといわれると、どんな人でも驚くのではないだろうか。「こんなに狭くて、これほど開発が進んだ都心のどこに、城跡なんて残っているの?」と。

本書は城や砦、屋敷や館も含めて206の城館が紹介されている。東京都教育委員会が主導して1999〜2001年及び2004年に実施された調査・研究成果をもとにしており、歴史・伝承の検証も遺構の調査・考察も、信頼が置けるという意味で微に入り細に入っている。城館分布図では、市区町村ごとに城館の位置がマッピングされており、思わず自宅の近くに城がなかったかどうか探してしまう。

さらに恐れ入るのは、遺構等が観察できる63の城館については、縄張図(遺構図・推定復元図)が掲載されていることだ。遺構が観察できるといっても、滝山城や八王子城のように、縄張が縄張とわかるかたちで残されているのはわずか。この中ではまだ有名であろう世田谷城は、公園内に堀跡が保存されているので、かすかに城の形状を想像することができる。しかし中には、都市化によってコンクリートと住宅に埋もれてしまうか、または藪と木々に覆われ普通に見ても痕跡を残さない城もある。

例えば、北区赤羽に残る稲付城跡。太田道灌が城塁を築いたと伝えられる城で、城跡とされる小高い丘には静勝寺が建つが、赤羽駅から徒歩5分という立地もあり、周囲はすっかり開発されている。執筆担当者は過去の絵図や発掘調査などの断片的な情報と、地形という状況証拠をもとに、舌状台地に連なり北側に重きをなした縄張を読み解き、「南側を支持基盤とした扇谷上杉氏関係の城館と考えられ、太田氏ゆかりの城館とすることは蓋然性が高い」とまとめている。

先ほど「恐れ入る」と書いたのは、1城ごとにこうした担当者の思考の足取りと、調査・考察の苦労がうかがえるからだ。各城跡ごとに、伝承や言い伝えを集めて現状と照らし合わせ、時に住宅地を歩いて高低差を探り、時に藪をかきわけてかすかな痕跡をたどり、時に発掘調査によって遺構かどうかを見極め、そこから考察・類推して城の全貌とかつての役割を探るという作業が行われている。こうした作業を経て、城ごとのドラマが紡がれていく。調査・研究が大切なのは城の大小に関わらないが、東京のど真ん中にうち捨てられたような小さな小さな城跡でも、豊潤な歴史ドラマを抱いており、そのドラマに触れるためには城跡に赴く必要があることを本書は教えてくれる。

「歴史は現在と過去との尽きることのない対話である」というのは歴史家E・H・カーの至言だが、この言葉は本書のための調査・研究にも、そして本書を見て城を訪れるという行為にも当てはまる。現在に残された痕跡や断片を見て、過去を類推し想像することはなんてスリリングな楽しみか——城歩きは、だから止められないのだろう。

東京都の中世城館
[著 者]東京都教育委員会編
[版 元]戎光祥出版
[刊行日]2013年

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執筆者/かみゆ歴史編集部(滝沢弘康)
書籍や雑誌、ウェブ媒体の編集・執筆・制作を行う歴史コンテンツメーカー。日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなどを中心に、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける。城関連の最近の編集制作物に、『よくわかる日本の城 日本城郭検定公式参考書』『完全詳解 山城ガイド』(ともに学研プラス)、『日本の山城100名城』『超入門「山城」の見方・歩き方』(ともに洋泉社)、『カラー図解 城の攻め方・つくり方』(宝島社)、『戦国最強の城』(プレジデント社)、「廃城をゆく」シリーズ(イカロス出版)など。

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