お城ライブラリー vol.21 犬童一心・樋口真嗣監督 映画『のぼうの城』

お城の解説本や小説はもちろん、マンガから映画まで、お城に関連するメディアを幅広くピックアップする「お城ライブラリー」。今回は忍城水攻めを描いた映画『のぼうの城』を紹介します。秀吉による備中高松城の水攻めは有名ですが、その陰に隠れてあまり知られていなかった、忍城水攻めの認知度を一気に上げた作品です。


壮大なスケールで忍城水攻めを再現した娯楽時代劇

映画界には、新人脚本家を対象とした脚本コンクールの城戸賞があるのをご存知だろうか。これまでに多くの受賞作が映像化されている歴史のある賞で、近年では『超高速!  参勤交代』のヒットが記憶に新しい。そんな城戸賞を2003年(第29回)に受賞した作品が、和田竜による脚本『忍ぶの城』である。映画『のぼうの城』は『忍ぶの城』の映像化作品で、タイトルは脚本をノベライズ化してベストセラーとなった『のぼうの城』からとられている。

映画『のぼうの城』は、江戸時代に関東七名城の一つに数えられた「忍城」(埼玉県)を舞台とした時代劇である。豊臣秀吉の小田原攻めにおいて石田三成が行った水攻めに耐え抜いた忍城は、本城である小田原城(神奈川県)が落城したのちまで持ちこたえた唯一の城でもある。また、「日本三大水攻め」と呼ばれる水攻めを受けた城(ほかに備中高松城(岡山県)、紀伊太田城(和歌山県)がある)の中で、落城しなかったのは忍城のみである。

この映画では、忍城が水攻めを受けても落城しなかったその大きな理由を、城代・成田長親の人間性において描いている。領民から「のぼう様」(でくのぼうの意)と呼ばれ親しまれている長親は、戦下手で武将として特に優れたところもなかったが、天真爛漫な人柄で周りの人びとを魅了する不思議な人物だ。領民が領主の一族を「でくのぼう」呼ばわりするなどとんでもないことだが、なぜかそれを許してしまう空気を纏っている。そんな浮き世離れしている人物を演じるのは、狂言師・野村萬斎。内面からにじみでる“柔”と“剛”を併せ持ち、独特な存在感を放つ俳優だ。

そもそも成田家は、開戦前に秀吉に降伏することが決まっていた。だが、秀吉の使者として忍城を訪れた長束正家(平岳大)の、権勢を笠に着た横暴な態度に腹を据えかねた長親が、降伏を取りやめ戦うことを宣言。周囲の説得を受けるが、内心戦わずに降伏することをよしと思っていなかった彼らはこれに同調。城内は主戦論でわき上がった。

このシーンでの野村萬斎は、それまでの柔和な態度から一変、口調も激しさを増し、場の空気感を一気に変えてしまう。ここから本筋の戦いに突入することも相まって、芝居と場面が一気に切り替わる象徴的なシーンになっている。

かくして石田三成率いる2万余の軍勢に囲まれた忍城は、緒戦で敵を押し返すことに成功。これには長親の幼馴染みで、戦に強く「漆黒の魔人」と恐れられる正木丹波(佐藤浩一)、丹波をライバル視する豪傑・柴崎和泉(山口智允)、自称天才軍略家の酒巻靭負(成宮寛貴)らの活躍があった。この戦いのシーンでは、騎馬鉄砲や臭水(くそうず:石油)を使った火攻め、投石器など多彩な戦術を目にすることができる。特に佐藤浩一は馬の操り方が上手く、颯爽と駈ける様や戦闘シーンは見応えがある。

攻めあぐねた石田三成(上地雄輔)は水攻めを決定。全長28㎞に及ぶ堤を築いて忍城を水没させたため、忍城は一転して落城寸前まで追い込まれてしまう。窮した長親は船で敵陣に近づき、敵味方を前に、船上で田楽踊りをはじめる。その度量の大きさに感服した三成は、ついついその様子を楽しんで眺めてしまう。だが、秀吉が来ると知り態度が一変、あせって長親を狙撃。これを知った長親を慕う領民たちが怒り狂い、堤防を決壊させ、水攻めは失敗に終わる。

この田楽踊りのシーンは、野村萬斎の本領が遺憾なく発揮された名シーンといえる。最初は訝しがって見ていた敵兵も、徐々に踊りに魅了され、最後は皆で踊り狂うことになるのだが、スクリーンで見ているこちらも徐々に惹き込まれていくほどだ。

撮影は北海道苫小牧市に、広大なオープンセットを組んで行われた。城攻めのシーンで使われた「佐久間口」「長野口」、水攻めのために築いた堤、田んぼやあぜ道など、東京ドーム20個分の敷地を使って再現された忍城は圧巻だ。闇の中に浮かび上がる、水に沈んだ忍城の描写は実に見事。

現在、忍城跡は公園として整備されており、当時の沼の名残は水城公園で見ることができる。なお、水攻めに際して石田三成が築いた堤防の一部は、現在も「石田堤」として埼玉県行田市に残っている。映画を見終わった後、きっと足を運んでみたくなるだろう。


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[監 督]犬童一心・樋口真嗣
[題 名]のぼうの城
[発売元]アスミック・エース [販売元]ハピネット
[制作年]2011年
[価格]2,000円(税抜)
[発売日]DVD&Blu-ray発売中
  (C)2011『のぼうの城』フィルムパートナーズ



執筆/かみゆ歴史編集部(丹羽篤志)
書籍や雑誌、ウェブ媒体の編集・執筆・制作を行う歴史コンテンツメーカー。日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなどを中心に、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける。最近の編集制作物に『天皇〈125代〉の歴史』『マンガ面白いほどよくわかる!新選組』(西東社)、『さかのぼり現代史』『日本の信仰がわかる神社と神々』(朝日新聞出版)、『ニュースがわかる 図解東アジアの歴史』(SBビジュアル新書)、『ゼロからわかるケルト神話とアーサー王伝説』(イースト・プレス)など。

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