超入門! お城セミナー 超入門!お城セミナーまとめ【武将編Vol.2】

初心者向けにゼロからわかりやすく解説する「超入門!お城セミナー」。領国を守るため敵と戦う武将たちにとって、お城は重要な軍事拠点でした。では、名だたる武将たちはどのようにお城を築いたのか? 彼らの戦略的な観点から名城に迫っていけば、お城への理解が今まで以上に深まるはずです。

駿府城の天守台が一番大きかったのはどうして?

「日本一の城」といえば江戸城(東京都)や大阪城(大阪府)が思い浮かぶ人も多いでしょう。実は近年の発掘調査によると、天守の土台である「天守台」においては駿府城(静岡県)こそが日本一の大きさだったと判明したのです。

では、駿府城に日本一の天守台が築かれた理由は? それは、戦国時代の勝者にして江戸幕府の創設者である徳川家康の隠居城だったからです。

駿府城
家康による改修では城の拡張工事も行われた。外堀が設けられたことで、三重の水堀が囲む鉄壁の防御を誇った(「駿河國御城圖」静岡県立中央図書館蔵)

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7度も主君を変えた築城名人がいるって本当?

徳川家康が築いた代表的なお城といえば江戸城。その縄張を手がけた藤堂高虎は、徳川幕府の城の特徴を確立した「築城名人」として知られています。果たして高虎が造った城の特徴とは?

ちなみに高虎は、家康のほかに6人の主君に仕え、20城前後もの築城や改修に関わったとされています。その変遷もたどってみると、高虎の人となりや城造りの特徴が見えてきそうですね。

今治城
高虎が築いた今治城(愛媛県)。直線的に積まれた髙石垣と方形に造られた曲輪が特徴だ

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名軍師・黒田官兵衛が城づくりの名人だったって本当?

藤堂高虎と並ぶ稀代の築城名人として挙げられるのが黒田官兵衛。官兵衛といえば豊臣秀吉の天下統一に貢献した名軍師というイメージが強いですが、実は城造りにおいても卓越した才覚を発揮していたのです。

そんな官兵衛が携わったといわれる城の特徴を見ていくと、なるほど!さすが実戦経験が豊富な名軍師!という「らしさ」が浮き彫りになります。

広島城
黒田官兵衛が携わった広島城(広島県)。太田川の水運をおさえるため、河口付近のデルタ地帯に築かれている

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執筆/城びと編集部