超入門! お城セミナー 第41回【鑑賞】石垣って積み方に違いがあるの?

初心者向けにお城の歴史・構造・鑑賞方法を、ゼロからわかりやすく解説する「超入門! お城セミナー」。今回のテーマは石垣の種類。石垣は積み方を見れば、ある程度造られた時代を判断できるって知っていましたか? 時代による石垣技術の発展と、その見分け方を解説していきます。



飯盛城、石垣、江戸城、石垣
安土城以前にで築かれた飯盛城(大阪府)の石垣(左)と、徳川将軍家の居城・江戸城の石垣(右)。石垣は約40年の短期間で、飛躍的な発達を遂げた

約40年で急速に発展した石垣技術

城を代表する防御設備である石垣。山城などを歩いていて石垣に出くわすと、その場所に城があったことが実感しやすく、テンションが上がりますよね。今回は、この石垣に関するお話です。

石垣のある城を複数訪れたことがある人は思い当たることがあると思いますが、石垣は城によって結構姿が違います。戦国時代の山城でも石積みなどは用いられていましたが、防衛上重要な場所を部分的に補強しただけであることが多く、本格的に使用されてはいませんでした。石垣が城全体にめぐらされるようになったのは、近世城郭のはじまりとされる安土城(滋賀県)が最初。その後、元和の「一国一城令」が出される1615年までの約40年間、石垣普請の技術は日進月歩で発展していきました。では、時代ごとの石垣普請技術と積み方の違いを説明していきましょう。

「野面積(のづらづみ)」、「打込接(うちこみはぎ)」、「切込接(きりこみはぎ)」

石垣の加工法は「野面積(のづらづみ)」、「打込接(うちこみはぎ)」、「切込接(きりこみはぎ)」の3種類に分けられます。石垣が登場しはじめた頃に使われていた技法が「野面積」。ほとんど加工されていない自然石を積み上げていきます。自然石は形が様々な上に風化で角が丸まっていることが多いため、野面積では必然的に石同士の間に隙間が生じます。詳細は後の回で解説しますが、石垣は裏側がしっかりと組まれていれば表面が隙間だらけでも崩れません。しかし、表面が隙間だらけだと見栄えが悪いですよね。さらに、隙間を残してしまうと敵が侵入する際に足がかりにされてしまう可能性もあるため、野面積の石垣では石の隙間に「間詰石」と呼ばれる小石を詰めるのが一般的です。織豊期に築かれた小谷城(滋賀県)、竹田城(兵庫県)などで野面積の石垣を見ることができます。

竹田城、野面積石垣、
竹田城の野面積石垣。使用されている石は形も大きさもバラバラだ

16世紀後半になると近世城郭が盛んに造られるようになり、石垣技術は急速に発達します。このころに用いられていたのが「打込接」。石を打ち欠くなどして加工し、石同士の隙間を減らす積み方です。加工に手間がかかるものの、野面積よりも高く急な石垣を造ることができます。打込接は姫路城(兵庫県)や鳥取城(鳥取県)、熊本城(熊本県)などで見られます。実は、次で説明する切込接はコストや技術面の問題であまり普及しなかったようで、近世城郭で最も見かけることが多いのは打込接なのです。

名古屋城、打込接、石垣、
打込接の石垣(名古屋城)。接合面の加工度が高い上に間詰石がきっちり詰められているため、一見すると隙間がないように見える

関ヶ原の戦い後に豊臣家と徳川家の軍事的緊張が高まると、全国で城が多数造られるようになり、石垣技術はさらに発展。この頃になると石同士がピッタリあうように接合面が加工され、石同士の隙間は完全に消滅します。切込接が使われた石垣は、江戸城(東京都)や徳川期大坂城(大阪府)、駿府城(静岡県)、名古屋城(愛知県)など江戸時代に築城・改修された城で見ることができます。中でも、江戸城のきれいな長方形に成形された石が積まれた石垣は、重機のない江戸時代に造られたとはにわかに信じがたい完成度ですので、ぜひ一度訪れてみてください。

仙台城、切込接、長方形
仙台城(宮城県)の切込接。石材は、きれいな長方形に加工されて整然と積まれている

また、石垣は積み方で大きく2種類に分けられます。一つはある程度高さがそろった石材を使い、横の目地(継ぎ目)を通す「布積」。高さをそろえるために石を同じ形に加工する手間が発生しますが、高い技術がなくても積み上げることができます。もう1種類の、「乱積」は、不揃いの石材を使用するため横目地が通りません。乱積では長方形と多角形の石を同時に使うこともできますが、バランスがとりにくいため積み上げに高い技術が要求されるのです。他にも、石垣の積み方には六角形の石を積む「亀甲積」や石材を斜めに積む「谷積(落し積)」などがあります。

石垣、種類、打込接布積
石垣の種類は、一般的に石の加工度と積み方を組み合わせた6種類に分けられる。例えば、打込接を布積で積んだ石垣は、「打込接布積」と呼ぶ

駿府城、大手門、石垣、亀甲積
駿府城大手門の石垣は一部が亀甲積になっている。亀甲積は石垣全面に使われる例は少ない

崩れない石垣を作るには角が重要!

ところで、読者の皆さんは崩れない石垣を造るために一番重要な部分はどこか知っていますか? 答えは「角(隅角部)」です。石垣の隅角部はまた、隅角部には櫓などの建物が載ることも多かったため、石垣を造る際に隅角部を頑丈にこの隅角部を強固にするために「算木積(さんぎづみ)」という技法が編み出されました。

算木積は横長の石材を短辺と長辺を交互に組み上げていきます。隅角部の先端に使う隅石は、長辺が短辺の2〜3倍ある石材が理想とされ、長辺が短辺の隣にある隅脇石(すみわきいし)を上下からガッチリ挟むことで、隅角部を一体化して強度をあげるのです。

算木積、構造、隅脇石、隅石
算木積の構造。横長の隅石(赤色)が、間に隅脇石(青色)を挟み込んでいるのが分かるだろう

算木積が完成するのは関ヶ原の戦い後ですが、石垣が登場した頃からすでに試行されていたようです。例えば、安土城天守台は隅角部の一部で細長い石材を互い違いに積んでいます。しかし、この時期は採石場で横長の石材がたまたま取れたときのみ隅角部を補強する程度でした。

安土城、天守台、隅角部、石垣、
安土城天守台の隅角部。横長の石材を交互に積んでいるが、一部にとどまっており築石と隅角部の境界も判然としない

その後、石材の加工技術が発展するとともに算木積も洗練されていき、関ヶ原の戦い後の築城ラッシュの頃に切石技術が発展したことによって完成へと至りました。しかし、豊臣家が滅んで戦がなくなると、江戸幕府によって新規の築城はもちろん城の修繕や改修も厳しく制限されるようになったため、他の築城技術とともに石材の加工技術も衰退。江戸時代に修築された石垣の算木積は、長辺が短辺の1.5倍程度になってしまったのだとか。

江戸城、園主、石垣、算木積
4代目の江戸城天守。隅角部は、石材が長方形に加工され隙間なく組み合わされた見事な算木積になっている

一部例外もありますが、石垣は石材の加工度合いと算木積の完成具合で造られた時代を推測することができます。いくつもの城をめぐって石垣の築造時代当てをしてみるのも、城めぐりの一つの楽しみ方として面白いかもしれませんね。


執筆・写真/かみゆ
ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。かみゆ歴史編集部として著書・制作物多数。

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