お城ライブラリー 『塞王の楯』と『黒牢城』、直木賞にお城エンタメ2作品がW受賞の快挙!!

2022年1月、『塞王の楯』と『黒牢城』が直木賞を同時受賞しました。城を題材にした歴史小説自体、数は多くありませんが、それが直木賞を同時受賞するというのはたいへんな快挙です!  お城ファンに向けて、両作品を紹介ご紹介します。



直木賞同時受賞はどれほどすごいことなのか?

2022年1月19日、第166回直木賞に、『塞王の楯』と『黒牢城』が同時受賞したというニュースが入ってきた! 『塞王の楯』(今村翔吾/集英社)は石工と鉄砲職人の両者の立場から大津城攻防戦を描いた歴史エンタメ、『黒牢城』(米澤穂信/KADOKAWA)は籠城中の有岡城で、城主の荒木村重が難事件を解決していく異色のミステリ小説だ。

両作とも史実にあった攻城戦を舞台にしながら、歴史知識などなくても難しいこと抜きで楽しめるエンターテイメント作品である。それが同年に刊行されたというだけで城好きにとっては歓喜すべき事態なのが、まさか直木賞を同時受賞してしまうとは……。お城業界にとっての衝撃度でいうと、幻とされる安土城天主の完全な設計図が発見される、または失われた江戸城天守が木造復元される、ぐらいのインパクトがある出来事だ。(たとえがわかりにくかったらごめんなさい)

直木賞(正しくは直木三十五賞)と芥川賞(芥川龍之介賞)は、年に2回、上半期と下半期に選考委員による料亭での審議を経て発表される。芥川賞が無名新人作家の小説を対象にしているのに対して、直木賞は中堅作家による大衆向け、つまりエンタメ系の作品も選ばれているのが特徴だ。どちらも1935年からスタートして、2021年下半期でじつに166回を数えた。

そんな長い直木賞の歴史の中で、歴史小説・時代小説の受賞は少なくない。簡単に振り返っても、池波正太郎『錯乱』(1960年/以下受賞年)、永井路子『炎環』(1964年)、宮城谷昌光『夏姫春秋』(1991年)、山本兼一『利休にたずねよ』(2008年)、安部龍太郎『等伯』(2012年)など、そうそうたる作品が選ばれている。(ちなみに、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の熱心な視聴者の方には、鎌倉初期の群雄たちの興亡を描いた『炎環』は必読書です!)

ただし、歴史小説がこれだけ受賞しているのに、城がメインの舞台として描かれた作品というと、司馬遼太郎の『梟の城』(1959年)までさかのぼらないとならない。秀吉暗殺を狙う伊賀忍者の暗躍をケレン味たっぷりに活写した『梟の城』は、その後何度か映像化もされている。1999年には中井貴一主演で映画化されているので、そちらで知っているという人も多いだろう。

直木賞受賞作に限らず、城や攻城戦をテーマにした歴史小説を見渡してみると、どちらも映画化している山本兼一『火天の城』(2004年刊行)や和田竜『のぼうの城』(2007年刊行)、攻城戦を通じて時代の転換点に立つ国人領主らの葛藤と決断を描いた短編集『城を噛ませた男』(伊東潤/2011年刊行)など傑作が多い。だが、城を主題にした小説群が1ジャンルを形成しているかというと、それほど数はない。わざわざ述べるまでもないが、城というのは物言わぬ“静”の存在だ。だから物語を動かす舞台にはなっても、城を主人公にして小説は書けない。小説の中で城そのものに焦点を当てることは、存外に難しいようなのだ。

徹底した取材と考証によって描かれた歴史エンタメの可能性

そうした中で、『塞王の楯』と『黒牢城』はどちらもまったく新しい視点で、城そのものに脚光を浴びせ、それを前面に押し出した作品といえる。

『塞王の楯』は石垣づくりに従事する石工集団である穴太衆と、鉄砲づくりを生業とした国友衆の若きリーダーを主人公に据え、石垣VS.鉄砲という視点から、関ヶ原前哨戦となる大津城攻城戦を描いている。職人の目を通した攻防戦の描写はじつにダイナミックで新鮮だが、城ファンとしては、物語の前半で語られる石垣づくりの工程のほうについ惹かれてしまう。

石工集団といっても石を積むだけが役割ではない。石垣を切り出す山方、切り出された石材を現場へと運ぶ荷方、そして石積みを担当する積方と集団は分かれ、三位一体で石垣づくりは進められていくという。なるほど〜。穴太衆の末裔にも取材したという職人らの技術的な解説はじつにリアルだ。

一方の『黒牢城』は、織田信長に攻められて孤立無援となった、荒木村重が籠もる有岡城が舞台となる。籠城する有岡城は“密室空間”となり、そこで殺人事件や名宝の紛失事件などが立て続けに起こり、城主の荒木村重が犯人捜しに乗り出す、というのがストーリーの骨子だ。史実から決して逸脱しない骨太の歴史小説ながら、同時に繊細なミステリ小説でもあり、その見事な融合ぶりに、読み進めるごとに不思議な感覚へと誘われる。歴史好きはとかくエンタメ作品のあら探しをしがちだが、本作は驚くほどに違和感がなかった。それは、城の構造、攻城戦の手順、武器の使われ方や管理のされ方、領主と国衆と民衆の関係性、そして浄土真宗の教えなど、作品の細部にいたるまでが精緻に考証されているからだろう。

歴史好きならご存知の方も少なくないと思うが、有岡城籠城戦では黒田官兵衛(作中では小寺官兵衛)が村重の説得に来城し、捕らわれて土牢に幽閉されてしまう。本作では、事件解決に行き詰まると村重が幽閉されている官兵衛を頼るのだが、ミステリ用語でいうところの「安楽椅子探偵」(映画『羊たちの沈黙』におけるレクター博士の立場)として官兵衛を使うのがじつににくい! 天才軍師の天才ぶりが際立つ演出がなされている。ただし、本作の主人公はあくまで村重だ。作中では信長に叛旗を翻した理屈や、城を脱出した理由がミステリ的な意外性のある視点で語られており、「道糞」と自嘲し後世でも侮られがちな村重像に再考の余地を与えている。

最後に、『塞王の楯』と『黒牢城』で舞台となった大津城と有岡城は、どちらも失われた城であることを付言しておきたい。どちらの城も明治以降の都市開発によって城跡としては見る影もなく、大津城は街中にわずかな土塁と石垣が、有岡城も公園の一角に石垣や堀のごく一部が残るのみとなっている。

その失われた城が両作品によって活き活きとよみがえり、想像の中に復元されたと言ったら、それは言い過ぎだろうか。お城ファンはリアルな復元を求めてしまいがちだし、それは正しい欲求なのだが、こうした小説の中に描かれる城も復元のひとつのかたちではないだろうか。しかも、優れたエンターテイメント作品であるほど、じつに豊かな復元となってよみがえってくれる……そんな夢想にひたる読後感だった。

書籍情報

塞王の楯
今村翔吾・著『塞王の楯』/集英社

[書 名]塞王の楯
[著 者]今村翔吾
[版 元]集英社
[刊 行]2021年10月

黒牢城
米澤穂信・著『黒牢城』/KADOKAWA

[書 名]黒牢城
[著 者]米澤穂信
[版 元]KADOKAWA
[刊 行]2021年6月

執筆:かみゆ歴史編集部(滝沢弘康)
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。手がける主なジャンルは日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなど歴史全般。城関係の主なの編集制作物に『よくわかる日本の城 日本城郭検定公式参考書』(ワン・パブリッシング)、『日本の山城を歩く』(山川出版社)、『あやしい天守閣ベスト100名城』『廃城をゆくベスト100名城』(イカロス出版)など。

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