お城ライブラリー vol.19 伊東潤著『城を嚙ませた男』

お城のガイドや解説本はもちろん、小説から写真集まで、お城に関連する書籍を幅広くピックアップする「お城ライブラリー」。今回は、戦国時代の東日本を中心とした歴史小説を手がける伊東潤氏の『城を嚙ませた男』をご紹介します!  大国間の抗争に翻弄されながらも血脈をつなぐために奔走した武将たちを描いた短編小説集です。



家の存続に命をかけた男たちの小話

歴史小説や歴史系の新書執筆を多く手がける伊東潤氏は、外資系企業のサラリーマンから歴史小説家へと転身した異色の作家だ。43歳という遅いデビューながら、古文書から最新研究論文まで幅広い史料を取り入れた力強い人間ドラマが評価され、吉川英治文学新人賞や中山義秀文学賞などを受賞した。伊東氏は、鎌倉時代から現代史まで幅広い時代を描いているが、とりわけ多いのは戦国時代。それも、小説では触れられることが少ない東国の武将たちに焦点を当てた小説に長けている。今回ご紹介する『城を嚙ませた男』も、戦国時代の東国を舞台とした短編集である。

『城を嚙ませた男』の主人公となる人物は、表題作「城を嚙ませた男」の真田昌幸(さなだまさゆき)をはじめ、戦国時代に「東国」と呼ばれた関東・甲信越・東海地方の国人領主たち。彼らは上杉、北条、武田の争いや織田家の進出と衰退など、短期間の内にめまぐるしく変わる情勢のなかで、あるものは権力者にひたすら頭を下げ続け、またあるものは他者をも踏み台にする策謀をめぐらせるなど、家を存続させるため様々な手段を用いる。

国人領主の悲哀が印象的に描かれているのは、本書の最初に収録されている「見えすぎた物見」だ。「見えすぎた物見」は唐沢山城(栃木県)を本拠とする佐野家の一族・天徳寺宝衍(てんとくじほうえん)が主人公。佐野家は上杉領と北条領の境界に位置するため、頻繁に両家の軍勢が攻め込んでくる。これに対して宝衍が家を存続させるために東奔西走する、というのがこの話の大筋である。

タイトルの「見えすぎた物見」とは、直接的には唐沢山城の物見台に詰める物見番の清吉と五助を指すのだが、物語を最後まで読み進めるにつれて、それが宝衍自身を指しているとわかってくる。天下人・豊臣秀吉が「その方には、すべてが見通せるのか」と感嘆するほどの情報分析や時勢を見る力に長けた宝衍は、その才をフルに発揮して、北条、上杉、豊臣、徳川といった荒波のごとき大勢力の間を見事に渡り、家名を次代につなげた。しかし、宝衍が江戸の有事に備えるべく残した「物見を続けるのだ」という遺言は、江戸幕府に佐野家改易のきっかけを与えてしまう。読了後に「見えすぎた物見」というタイトルを見返すと、先見の明を以て乱世を生き抜いたが、その才故に家を滅ぼしてしまった宝衍の生涯への皮肉が感じられるだろう。

『城を嚙ませた男』には、他にも「鯨取りの親方」と揶揄される小領主が豊臣の大軍に挑む逆転劇「鯨のくる城」や、関ヶ原の戦いにおける最大の裏切りが起こるまでを描いた「江雪左文字」など4編の短編が収録されている。生き残りをかけた戦いに挑んだ武士たちがどのような顛末を遂げたのか。歴史の表面をなぞるだけでは決して分からない国人領主たちの生き様は、『叛鬼』や『戦国鬼譚 惨』など伊東氏の他著書でも語られている。また、2018年12月に刊行された『歴史作家の城めぐり』(監修:西股総生/プレジデント社)では、彼らが拠点とした東国の城が詳しく解説されているので、あわせて読んでみることをオススメする。


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[著 者]伊東潤
[書 名]城を嚙ませた男
[版 元]光文社文庫(光文社)
[刊行日]2014年


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執筆/かみゆ歴史編集部(小関裕香子)
書籍や雑誌、ウェブ媒体の編集・執筆・制作を行う歴史コンテンツメーカー。日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなどを中心に、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける。最近の編集制作物に『天皇〈125代〉の歴史』『マンガ面白いほどよくわかる!新選組』(西東社)、『さかのぼり現代史』『日本の信仰がわかる神社と神々』(朝日新聞出版)、『ニュースがわかる 図解東アジアの歴史』(SBビジュアル新書)、『ゼロからわかるケルト神話とアーサー王伝説』(イースト・プレス)など。

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