お城ライブラリー vol.32 岩明均・室井大資『レイリ』

お城の解説本や小説はもちろん、マンガから映画まで、お城に関連するメディアを幅広くピックアップする「お城ライブラリー」。第32回は、最強の少女影武者・レイリの活躍を描く漫画『レイリ』。凋落を迎える武田家のリアリティ溢れる描写には、文字通り「立体的な」歴史考察があって…!?


落城する高天神城からの決死の脱出劇

少女影武者・レイリの活躍を描く『レイリ』は、武田信玄亡き後の武田家の衰退がメインストーリーとなっている。原作はこの連載企画では『雪の峠』を紹介したこともあり(https://shirobito.jp/article/939)、『寄生獣』の作者としても知られる漫画家・岩明均が手がけ、作画は『バイオレンスアクション』などで知られる室井大資が担当(『バイオレンスアクション』制作時は原作を担当。名義は沢田新)。分業体制で制作されている漫画作品を対象にした「さいとう・たかを賞」で大賞を受賞するなど、歴史漫画というジャンルにとどまらない範囲でも評価を得た作品だ。

物語は、武田軍が織田・徳川の連合軍に歴史的な大敗を喫した「長篠の合戦」から4年後の、天正7年(1579)の小山城(静岡県榛原郡)から始まる。武田軍を狙う残党狩りによって家族を皆殺しにされた少女・レイリは「自分を守るために犠牲になった家族のように、いつか自分も誰かの盾として死にたい」と思うようになり、その願望を果たすために剣技に磨きをかけていく。圧倒的な剣技と「死にたがり」という危うい一面を持つレイリは、その腕を武田家の重臣・土屋惣三に見込まれ、現武田家当主・勝頼の息子である信勝の影武者という重役を任される…というのが、本作序盤のあらすじだ。

レイリが持つ独特な死生観が物語の主軸になっており、「死にたがり」のレイリの成長、大切な人との別れなど人間ドラマの読み応えは、SF作品でありながらも「人間の内面」を鋭く切り取った『寄生獣』を手がけた岩明作品ならでは。しかしながら本作は人間ドラマのみならず綿密な時代考証による史実の再現も大きな魅力の一つとなっている。

レイリが信勝に仕えた際に拠点となった躑躅ヶ崎館(山梨県甲府市)、堅牢な山城として有名な高天神城(静岡県掛川市)など、本作にはお城ファンならお馴染みの名城が数多く登場するが、この作品内ではお城の「弱さ」「敗北」を描いている。このリアリティが『レイリ』の歴史漫画としての特徴と言えるだろう。

2度の急襲を許したことをきっかけに新府城(山梨県韮崎市)の建設が計画された躑躅ヶ崎館の場面もそうだが、特に印象的なのが中〜後半のクライマックスである高天神城の落城シーンだ。レイリの命の恩人であり、作品のキーパーソンの一人である岡部丹波が城主をつとめる高天神城(別名:鶴舞城)は、断崖絶壁を活かした堅牢な山城として知られている。東峰と西峰にそれぞれ曲輪群があり井戸曲輪で連結されている「一城別郭」という構造、石垣がなく土塁と堀で防御を固めているなど、かなり戦闘的な城であり、武田信玄ですら落とせなかったこの城を徳川軍から奪取した武田勝頼は「父をも凌ぐ軍才」と評されるほどであった。

信玄亡き後の武田家にとって「勲章」のような存在の城であったのだが、織田信長はその心理を逆手に取り、救援に来た武田軍を一網打尽にしようと試みる。それに気づいた信勝の提言により高天神城は放棄される…というのが『レイリ』で語られる「第二次高天神城の戦い」の顛末だ。劇中では、もはや落城を待つのみとなった高天神城から脱出するレイリと脱出隊の活躍が描かれる。中でも注目は高天神城を堅牢な山城たらしめた急斜面「犬戻り猿戻り」の尾根道でレイリが敵兵相手に無双するシーンだ。あらゆる武芸を駆使して敵兵を蹴散らすレイリの活躍は手に汗を握らずにはいられない。

この名シーンの制作にあたっては「お城ジオラマ復元堂」による高天神城の立体ジオラマが使用されたという。更には、歴史研究家・河合敦氏のアドバイスや作中に登場する「新府城の計画図面」を自身で描きあげるなど歴史への造詣の深さがうかがえる原作者・岩明氏らによる歴史考察によって、作品を通して立体的な歴史描写がなされている。

逆に、巻末コメントで「武将の名前を5人しか言えなかった」と語る作画担当の室井氏による迫力ある戦闘シーン、窮地に立たされた人々が見せるリアルな表情の描写は、漫画作品ならではの魅力と言える。稀代のクリエイター2名による化学反応で『レイリ』は唯一無二の作品となったのだ。

レイリ
[書 名]レイリ
[著 者](原作)岩明均(漫画)室井大資
[版 元]秋田書店
[刊 行]全6巻






執筆:かみゆ歴史編集部(原田郁未)
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。手がける主なジャンルは日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなど歴史全般。城関係の主なの編集制作物に『よくわかる日本の城 日本城郭検定公式参考書』(ワン・パブリッシング)、『廃城をゆくベスト100名城』(イカロス出版)など。

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