お城ライブラリー vol.24 岩明均著『雪の峠』

お城の解説本や小説はもちろん、漫画から映画まで、お城に関連するメディアを幅広くピックアップする「お城ライブラリー」。今回は岩明均による、大名家の家中対立を描いた漫画『雪の峠』を紹介します。手に汗握る政争劇であると同時に、築城の最初期の段階を丁寧に描いた傑作です。

『寄生獣』の巨匠が描く、新城の地選を巡る世代対立

世代間の価値観の相違、いわゆるジェネレーション・ギャップは、往々にして、若者と老人の激しい争いを引き起こす。漫画『雪の峠』(『雪の峠・剣の舞』収録)は、そんな新世代と旧世代の衝突を、出羽佐竹氏の新城普請に絡めて描いた物語だ。作者はSF漫画の金字塔『寄生獣』で知られる岩明均。SF漫画の印象が強い岩明氏だが、ライフワークとして古代ギリシャを舞台にした長編『ヒストリエ』を2003年から連載している他、武田氏の没落を描いた『レイリ』の原作を担当するなど、洋の東西を問わない、歴史に造詣の深い漫画家でもあるのだ。

物語は慶長7年(1602)の出羽国(秋田県)から始まる。関ヶ原の戦いで西軍寄りの態度をとり、常陸国(茨城県)五十三万石から二十万石のこの地に転封された佐竹家の家中は、当主・義宣(よしのぶ)に見出された若手たちと、先代・義重(よししげ)を後ろ盾とする老臣たちの2派に分裂していた。そんな折、この新領地の国府(築城候補地)を決定する合議(地選)が開かれる。義宣派の若手筆頭である主人公・渋江内膳(しぶえないぜん)は、海上交易の拠点となる土崎湊に近い窪田(秋田市)を候補地として推挙するが、当然のごとく老臣たちはこれに反発。彼らは家中随一の軍略家・梶原美濃守(かじわらみののかみ)をリーダーに祭り上げ、城は軍事拠点という従来の視点から、内陸部の古城・金沢城(横手市)を増改築し、周囲三里(約11km)に及ぶ惣構を築くべし、と進言させる。そんな城を建てれば、謀反の疑いをかけられ、佐竹家は潰されてしまう。内膳は、この暴挙を止めようと奮闘する…というのが、本作のおおまかなストーリーである。

上記のように書くと、若手のホープ・内膳が時代遅れの老害たちをやり込める、痛快な物語が予想されるかもしれない。だが、その手の勧善懲悪を好まないのが、岩明均という漫画家である。まず、本作の最大の敵であるはずの梶原美濃守を、奥ゆかしく礼儀正しい好人物として描き、読者に彼を憎ませないのだ。また、内膳を見下し、主君・義宣を軽んじる他の老臣たちにしても、どこか間の抜けた、なんとも言えない愛嬌のある人々として表現するのである。詳細は伏せるが、『雪の峠』というタイトル自体、作中に登場する3つの峠を示すものであると同時に、梶原を含むすべての老臣たちの、戦国武士としての複雑な心情を象徴する言葉なのだ。つまり、一見して敵役に思える彼らこそ、この物語の真の主役であるとも言えるのである。「もう戦は終わったのです!」と現実を突きつける若者と、「わしらは武士 商人にはなれませぬ」と主君にさえ毅然と言い放つ老人たち、どちらを主役とし、敵役にするかは、完全に読み手に委ねられている。

『雪の峠』で描かれているのは、武士の価値観の変化だけではない。泰平の世が近づき、梶原が提案した金沢城や横手城(秋田県横手市)のような山城、つまり軍事拠点としての城は、もはや無用の長物となった。内膳が説く、街道や港と接続し、流通の中心となる、政庁としての城こそ求められるようになったのだ。江戸幕府開府の前年を舞台にした本作は、時代の過渡期における、城の役割の変化をも描いているのである。また、城を扱った漫画でも、本作のように築城を地選の段階から描いた内容はたいへん稀有で、城が好きで漫画も好きならば、この一点だけでも読む価値があるだろう。岩明作品は『寄生獣』しか読んだことがないという方も、ぜひ本作に触れ、歴史漫画家としての岩明均を味わっていただきたい。

岩明均、雪の峠・剣の舞
[著 者]岩明均
[書 名]雪の峠・剣の舞
[版 元]講談社
[刊行日]2004年(講談社漫画文庫)
[初 出]2001年(KCデラックス)



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執筆者/かみゆ歴史編集部(荒井太一)
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。手がける主なジャンルは日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなど歴史全般。城関連の主な編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『よくわかる日本の城 日本城郭検定公式参考書』『はじめての御城印ガイド』(ともに学研プラス)、『廃城をゆく』シリーズ(イカロス出版)など。

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