お城ライブラリー vol.10 司馬遼太郎著『司馬遼太郎と城を歩く』

お城のガイドや解説本はもちろん、小説から写真集まで、お城に関連する書籍を幅広くピックアップする「お城ライブラリー」。今回は、「城好き」を公言していた国民作家の抜粋集である『司馬遼太郎と城を歩く』。司馬遼太郎は、どの作品でどんな城を取り上げているのでしょうか。




司馬の歴史小説やエッセイを水先案内人として

「——私は城が好きである。あまり好きなせいか、どの城跡に行ってもむしろ自分はこんなものはきらいだといったような顔を心の中でしてしまうほどに好きである」

『国盗り物語』や『竜馬がゆく』といった歴史小説のみならず、多くの紀行文や評論を残し、国民作家とも称される司馬遼太郎。2017年に『関ヶ原』を原作とする映画が公開されたのは記憶に新しいところだが、1996年に他界して以降も衰えることなく読まれ続け、新規の歴史ファンを増やし続けている。

上記の一節は、『街道をゆく』「大和・壺阪みち」内で高取城(奈良県)を歩く司馬が城好きを吐露したシーンであり、『司馬遼太郎と城を歩く』の巻頭を飾る言葉でもある。本書は、司馬作品の中に登場する城に関する記述を集め、作品の抜粋とともに紹介する一冊。取り上げられている城は、北は五稜郭(北海道)から南は首里城(沖縄県)までの35城。城下町の地図やガイドも付記され、城歩きを促される。

本書では歴史小説からの抜粋と、エッセイや評論からの抜粋が混在して同居する。はじめは違和感を持つ読者がいるかもしれないが、読み進めていくうちに、現実に今ある城のことを話しているのか、小説世界の中の空想の(歴史上の)城を見ているのか、見失う瞬間がある。司馬作品はよく評されるように、緻密な史料調査と現場主義によって時代の空気感まで復元するような描かれ方がされている。つまり、歴史小説であってもエッセイであっても、司馬の目を通したリアルな城が文章上に再現されており、そのため歴史小説やエッセイといった文体の差を超えて、読者は空想の時間旅行を楽しめるのだろう。

叙述のオリジナリティも司馬作品の特徴である。なにげない一文なのだが、「北岸は北摂の平野がひろがり、南岸は巨城がそそり立っている。大坂城である。(中略)三成の屋敷は、その城の東北、備前島にある。厳密には島ではない。淀川の中洲である」(『関ヶ原』より)という一節を読むだけで、「同じ光景を見てみたいな」と旅情をかき立てられるのは著者だけだろうか。

ただし、本書は司馬作品の膨大なアーカイブスから城に関する記述を抜粋しただけのもので、あくまで道の分岐点に立つ案内看板にすぎないともいえる。本書から先に伸びる道は、司馬の小説作品を手にとり没入するか、リアルな城を体感するかの二つに分かれており、どちらに進むかは読者に委ねられているのである。

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[著 者]司馬遼太郎
[版 元]光文社文庫
[刊行日]2009年(単行本初版は2006年)


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執筆/かみゆ歴史編集部(滝沢弘康)
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。手がける主なジャンルは日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなど歴史全般。最近の編集制作物に『完全詳解 山城ガイド』(学研プラス)、『エリア別だから流れがつながる世界史』(朝日新聞出版)、『教養として知っておきたい地政学』(ナツメ社)、『ゼロからわかるインド神話』(イースト・プレス)などがある。

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