2018/08/30
ナワバリスト西股さんと行く! ビギナー女子の山城歩き STEP4【小机城の弐】馬出のすごさを知った
山城ってどういうところを見ると面白いの? そんな山城初心者の方のために〝ナワバリスト〟西股総生先生と実際に山城を歩きながら学ぶ「ビギナー女子の山城歩き」。前回に引き続き小机城(神奈川県横浜市)を歩きます。「馬出」という城の防御施設に注目!
西ノ曲輪の虎口へ通じる土橋を渡る三人
虎口をカバーする「馬出」とは?
——東ノ曲輪の巨大な堀を堪能した一行は、元来た方へと戻り、西ノ曲輪へと向かう。西ノ曲輪の虎口前には馬出(うまだし)があり、その間を繋ぐ土橋は途中で折れ曲がっている。
(西股総生:以下西股)
「今度は西ノ曲輪を目指しましょう」
(中村蒐:以下中村)
「あっ、土橋(どばし)がある!」
(木下春圭:以下木下)
「わーい、渡りましょう!」
(西股)
「二人とも、渡りたくなる気持ちはわかるけれど(笑)、その前に気づくことはありませんか?」
(中村)
「はっ、ついはしゃいじゃいました。うーん、堀が深いから土橋が高いなぁとしか・・・」
(西股)
「土橋の手前に、浅い空堀がL字型に入っているのわかりますか? そうなると、ここは虎口前の独立したスペース、つまり馬出(うまだし)になるんですよ」
水色で示した部分が馬出。虎口や土橋をカバーするような位置にある。[作図・提供=西股総生(以下、縄張り図はすべて同)]
西股先生が指している方向にあるスペースが馬出
(中村)
「ええっ、前回の新府城で見た馬出と全然違いますね!」
(西股)
「新府城は丸馬出でしたが、小机城は四角い角馬出なんです。でも、役割は同じですよ」
(木下)
「あのー、水を差すようですが、『馬出』ってなんですか?」
(西股)
「馬出とは、いうなれば虎口のカバーです。敵が攻めてきた時を想像してください。城兵は敵を追い返すために討って出ようとします。でも、もし虎口の前に何もなかったら、門を開けた途端にどうなりますか?」
(木下)
「入り口は敵が攻めてきやすいって言ってたから、門の前には敵が集まっていそうです」
(西股)
「そうです、敵がいるのに門を開けてしまうと、敵が入ってきてしまいますよね。そこで、虎口の前にスペース(馬出)を設けて城兵を待機させておけば、敵を一旦食い止められます」
(木下)
「それなら門を開けても大丈夫そうです」
(西股)
「馬出が虎口をカバーしてくれるから、城兵が安全に西ノ曲輪から討って出ることができるんです」
(木下)
「なるほど、虎口に暖簾をかけておく的な感じですね」
(西股)
「その通り! うまいこといいますねぇ。さらにいえば、この馬出があることで、城兵が西ノ曲輪に退却する時も、敵に対して援護射撃をしてくれます」
(中村)
「いやー、なんて便利な機能なんだろう!」
西股先生のワンポイント講座
<城の虎口を守る馬出>
馬出とは、虎口から橋を渡って対岸に設けられた小さな区画のこと。馬出があることで敵が虎口を直撃することを避けられる。万が一、馬出を敵にとられても、曲輪の中から馬出にいる敵を狙い撃ちにできるので、攻め手は虎口攻略の足がかりとして使うことができない。関東地方では戦国時代の初期から使われており、戦国時代後半になると、全国各地で使われるようになった。
(西股)
「土橋にも仕掛けがあるんですよ」
(木下)
「えっ!どんな仕掛けですか」
(西股)
「この土橋、馬出から見るとどう見えますか?」
(中村)
「あれ、なんだか曲がってますね?」
(西股)
「そう! この土橋、櫓台に正面から突き当たって曲がり、櫓台の真下をすり抜けなければ、門にたどりつけないようになっているんです」
(木下)
「馬出を万が一突破されても大丈夫なように、用心に用心を重ねているんですね」
馬出を突破して土橋へ進んでも、真正面から撃たれてしまう
櫓台に突き当たって折れ曲がる土橋。一気に攻めこまれないための工夫だ
正確に測量した西ノ曲輪
——西ノ曲輪は、東側に一部飛び出した区画があるが、ほぼ東西南北にあわせた正方形をしている。普段はゲートボールなどをする、市民の運動場になっている。
(西股)
「木下さん、コンパス持ってます?」
(木下)
「スマホに入ってるんで測ってみます。どれどれ・・・」
(中村)
「あっ、ちょうどコンパスが土塁と平行になってますよ」
(西股)
「この西ノ曲輪、僕が作図してみたら、土塁のラインが東西南北のラインにほぼぴったりなんですよ。おそらく計測してこの曲輪をつくったのでしょう」
(中村)
「そんな技術も持ってたんですね」
(木下)
「こんなところでコンパスが役に立つとは思いませんでした(笑)」
東西南北のラインにほぼ合っている土塁
全方位を見渡せる「つなぎの曲輪」
——西ノ曲輪と東ノ曲輪の間には、「つなぎの曲輪」とも呼ばれるブーメランの形のような曲輪がある。これまで見てきた堀は、このつなぎの曲輪からも見下ろせる。
(中村)
「西ノ曲輪から東側にある土橋を渡ってきましたけど、狭くて細くて、不思議な形の曲輪ですね・・・」
(木下)
「あっ、さっきみた深い堀が見えますよ! こっちからも!」
(西股)
「ここは小机城内で一番高い場所なんです。木があってわかりにくいけれど、さっきの土橋や馬出も見えるでしょう?」
(木下)
「見えました!」
(中村)
「上から見るとこんな感じなんですねー。私たちはここから狙われていたわけですね」
(木下)
「そう考えると怖いですね」
(西股)
「縄張図を見るとわかるんですが、このつなぎの曲輪を西ノ曲輪の南端よりも飛び出させることで堀を曲げています。そうすることで、要所はかならず二方向以上から射撃できるよう、設計されています」
(木下)
「これでもかっていうくらい、侵入者を狙いまくってますね」
(中村)
「他の場所でもそうでしたけど、折り曲げるって大事なんですね」
つなぎの曲輪からは、多くの方向へ射撃ができる
つなぎの曲輪から堀を見下ろす。前回登場した、登り口から登ってすぐの堀を上から見たらこのような光景になる。矢印は登り口から歩いてきた道
つなぎの曲輪は、幅が狭く細長い形をしている
(西股)
「ちなみにこれは僕の推察ですが、つなぎの曲輪はもともと西ノ曲輪の一部だったと思うんです。ここは戦国時代、北条氏の城でしたが、豊臣秀吉が攻めてくるとわかった時に、西ノ曲輪を分断して、このつなぎの曲輪をつくった」
(中村)
「そういわれると、つなぎの曲輪と西ノ曲輪は繋がってたとしてもおかしくない形ですね」
(西股)
「西ノ曲輪とつなぎの曲輪の間の堀は、他の堀より浅かったですよね。西ノ曲輪の東側の土塁を残して、あとから掘ったためだと思うんです」
つなぎの曲輪はもともと西ノ曲輪の一部だったかもしれない
西ノ曲輪とつなぎの曲輪の間の堀。他の堀より2〜3mほど浅い
(西股)
「さて、帰りは来た道とは違うところから降りてみましょう」
(中村)
「はーい・・・って、高速道路!?」
(木下)
「やけに車の音がするなーと思ったら、こんな城の真横を高速道路が通ってたんですね」
(西股)
「第三京浜道路ですね。本当は反対側まで山が続いていたんですが、そこをスパッと切って高速道路をつくっちゃったんですね」
(木下)
「西ノ曲輪とか危なかったですね・・・」
小机城のすぐ横を第三京浜道路が通っている
(木下)
「いやー、とにかく大きな堀に圧倒されちゃいましたねー!」
(中村)
「あんなにすごい堀が、横浜市にあるっていうのがビックリです!」
(西股)
「広すぎず、でも迫力満点でなかなかいい物件でしょう。小机城の堀は何度来てもすごいと思いますから、ぜひいろんな人に来てもらって、この堀の迫力を体感してもらいたいですね。さらにここで城兵に反撃されちゃう、なんて想像しながら歩けたら、とてもおもしろいですよ」
(木下)
「茅ヶ崎城、小机城と歩いて、城を見る目と想像力が養われた気がします。今日はありがとうございました!」
●本日の反省点●
道を曲げたり、何か所からも狙ったり、馬出をつくったりと、城の虎口を守るための工夫がすごかったけど、なによりも印象に残ったのは堀! 本当に人が掘ったの? というくらい、とにかくデカイ!! 堀のインパクトが強すぎて、ほかに教えてもらったことが全部ふっとんじゃうくらいでした。次は虎口のまわりにどんな工夫が凝らされているか、自分で推測できるようになりたいなぁ。(中村)
——城をどう守っているのか、堀がどれほどの迫力があるのか、ぜひ現地に行って体感してみてほしい。次回もお楽しみに!
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[城名]小机城(神奈川県横浜市)
[アクセス]JR横浜線小机駅から徒歩約10分で小机城址市民の森
[駐車場]なし
[見学時間]1時間30分くらい
[服装]周囲は木々が茂っているので、長袖長ズボンがベスト。靴はスニーカーでよい
[トイレ]南側の登り口に1か所あり
[その他]東ノ曲輪にピクニックテーブルあり。近くには自販機やコンビニがある。
西股総生(にしまた・ふさお)
1961年、北海道生まれ。城郭・戦国史研究家。学生時代に縄張のおもしろさに魅了され、城郭研究の道を歩む。武蔵文化財研究所などを経て、フリーライターに。執筆業を中心に、講演やトークもこなす。軍事学的視点による城や合戦の鋭い分析が持ち味。主な著書に『戦う日本の城最新講座』『「城取り」の軍事学』『土の城指南』(ともに学研プラス)、『図解 戦国の城がいちばんよくわかる本』『首都圏発 戦国の城の歩き方』(KKベストセラーズ)、『杉山城の時代』(角川選書)など。その他、城郭・戦国史関係の研究論文・調査報告書・雑誌記事・共著など多数。
執筆者・写真/かみゆ歴史編集部(滝沢弘康・二川智南美)
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。手がける主なジャンルは日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなど歴史全般。主な城関連の編集制作物に『日本の山城100名城』『超入門「山城」の見方・歩き方』(ともに洋泉社)、『よくわかる日本の城 日本城郭検定公式参考書』『完全詳解 山城ガイド』(ともに学研プラス)、『戦国最強の城』(プレジデント社)、『カラー図解 城の攻め方・つくり方』(宝島社)、「廃城をゆく」シリーズ(イカロス出版)など。