超入門! お城セミナー 第28回【歴史】皇居が江戸城だったって本当?

初心者向けにお城の歴史・構造・鑑賞方法を、ゼロからわかりやすく解説する「超入門! お城セミナー」。今回のテーマは皇居。江戸時代、江戸幕府の中枢として数々の歴史的事件の舞台となった江戸城が、その後皇居となったこと、ご存知ですか? 現在は、かつて江戸城の中心だった本丸と二の丸、加えて三の丸の一部が「皇居東御苑」として整備・開放され、観光することが可能です。江戸城がどのような経緯をたどって皇居となったのか? その華麗なる歴史をご紹介します。



徳川将軍家の居城だった皇居

皇居、江戸城、正門石橋、伏見櫓、二重橋
正門石橋と伏見櫓。実は二重橋はこの写真では見えていない正門石橋の奥にある鉄橋の呼称なのだが、こちらの橋があまりにも有名なため、二つの橋を総称して二重橋と呼ぶことが増えている

東京の街なかに位置する皇居。天皇の住まいである御所、諸々の行事を行う宮殿、宮内庁関係の庁舎などの建物があります。皇居の正門にあたる西の丸大手門に続く二重橋は、いまや外国人観光客にも大人気の撮影スポットです。ところで「西の丸大手門」って、まるで城門のような名前だと思いませんか? しかも門の奥に見えるのは「伏見櫓」という建物。・・・そうなのです。これらは紛れもない城の建造物です。つまり、皇居=お城ということ。「そんなこと当たり前!」という読者も多いと思いますが、実はこのことを意外に知らない人も多いのです。ということであらためて・・・皇居がある所は、かつての「江戸城」そのものなのです。今回は、江戸城誕生から皇居となるまでの歴史を見直してみましょう。

江戸城を最初に築いたのは、室町時代の武将・太田道灌。当時関東地方各所に割拠していた上杉家のひとつである扇谷(おうぎがやつ)上杉家の家臣で、兵法にも和漢の学問にも、また和歌にも造詣が深かった人だといいます。居館程度の規模だった所に、康正(こうしょう)3年(1457)、三重構造の土の城を築きました。桜や紅葉の時期に公開されることのある「道灌壕」は、この人の時代の遺構といわれています。また、荒川区西日暮里の「道灌山」は、道灌の出城があった場所だという説があります。道灌は上杉家の内紛によって殺害されてしまいますが、その後は上杉氏、後北条氏の支配下となります。そして天正18年(1590)、豊臣秀吉による小田原攻めの時に明け渡され、後北条氏の旧領を任された徳川家康が、駿府城(静岡県)から江戸城に移ってきます。

江戸城、皇居、桜、道灌濠
戦国時代の面影を残しているといわれる道灌濠。桜の名所としても知られており、春の一般公開では多くの花見客でにぎわう

それまでの江戸は港町として発達していて、江戸城のそばまで日比谷入江が迫っていました。また湿地が多く手狭だったため、家康は地形を大きく変えるほどの大土木工事を計画して、江戸城の拡大と江戸の町づくりを行いました。関ヶ原の戦いで勝利した家康が江戸幕府を開いた慶長8年(1603)以降は、築城名人・藤堂高虎の縄張と諸大名に工事を義務化する「天下普請」によって西の丸や北の丸、天守などを造築しました。何十年も工事が続けられ、城下町ごと外堀で囲む総延長14kmもの惣構が完成したのは、寛永13年(1636)のことでした。

江戸城、徳川家康、土の城、近世城郭
家康はそれまで土の城だった江戸城を、総石垣の近世城郭へと大改修した(東京大学史料編纂所所蔵・模写)

日本唯一の現役の城

江戸城が無血開城され江戸時代が終わりを迎えた明治元年(1868)、1000年以上もの間住まいとした京都から天皇家が移り住むとともに、「皇居」と「東京」の歴史がはじまりました。現在の天皇皇后両陛下のお住まいは吹上御苑内。江戸城時代は徳川御三家の大名屋敷が建っていた所だそうです。第二次世界大戦時、吹上御苑の地下には昭和天皇と香淳皇后用に造られた防空施設「御文庫」があり、当時は大本営会議室の防空施設である「御文庫付属庫」と地下通路によってつながっていたとか。まさに城の本領発揮だったというわけです。

また現在、公の儀式や国賓のおもてなしなどに使われている宮殿や宮内庁の庁舎などがあるのは、かつて将軍の世継ぎや隠居後の将軍が住んだ西の丸です。そして、城の中心だった本丸と二の丸、加えて三の丸の一部は「皇居東御苑」として整備・開放されています。

長和殿、皇居、一般参賀、江戸城
一般参賀などで両陛下や皇族の方がお出ましになる長和殿も、宮殿を構成する建物の一つだ

本丸には巨大な天守台、天守の代用であり、無血開城後に起こった上野戦争で見張り台として活躍した現存の富士見櫓、忠臣蔵こと赤穂事件の発端となった松之大廊下跡などがあります。約260年もの間、江戸時代日本の政庁であり続け、近代日本幕開けの場ともなった江戸城では、日本史上の出来事が起こった現場で思いを馳せることができるのです。さらにここは現在でも国の重要行事が行われているだけでなく、天皇の住まいとして使用されています。現役で本来の役割を果たしている城は、全国でここだけです。

江戸城、松之大廊下跡、石碑、皇居、史跡
松之大廊下跡に立つ石碑。皇居内には、歴史的事件の舞台となった史跡が多数存在する

そして2019年、皇居としての歴史に新たな1ページが刻まれます。5月に予定されている新天皇の即位にともなう最も重要な儀式である「即位の礼」(10月)と「大嘗祭」(11月)が、皇居の中で行われるのです。今上天皇(現在の天皇陛下)即位時の大嘗祭は、皇居東御苑の本丸に、大嘗祭用の宮殿を特設して執り行われました。来年は、果たしてどこでどのように執り行われるのでしょうか。注目したいですね!


▼萩原さちこさんの連載「江戸城のすべて」もご覧ください

執筆・写真/かみゆ
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。

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