ローカル線でめぐる城|【天竜浜名湖線】おんな城主ゆかりの城を尋ねて

そこでしか見られない風景や車両を楽しめる、ローカル線の人気が高まっています。天竜川と浜名湖を望む「天竜浜名湖線」もその一つ。昨年のNHKの大河ドラマで話題になった井伊家や徳川家康に関連する城などの城跡が点在するほか、木造駅舎の多くが国の有形文化財に登録されているなど、城好き、鉄道好き、旅好きにおすすめのローカル線の旅に出かけてみませんか?

かつては日本の隅々まで張りめぐらされていた鉄道網。赤字を顧みず敷設された地方路線は、やがて古き良き時代を今に伝えるローカル線となってしまった。これらの路線は昔の生活圏を結んでいたので、沿線に旧街道や古戦場、宿場などが点在している場合が多い。数あるローカル線のなかでも魅力的な城跡がある線は、素朴な鉄道旅と城めぐりが同時に楽しめるのだ。そんな路線のひとつ、天竜浜名湖鉄道を旅してみた!

天浜線路線図
天竜浜名湖線の路線図(天竜浜名湖鉄道株式会社提供)

ローカル線の魅力が満載の天竜浜名湖鉄道で行く遠江の城

素朴な里山風景を縫うように走り、やがて浜名湖北岸から西岸にかけての、風光明媚な景色が堪能できる魅力満載のローカル線。それが天竜浜名湖鉄道(以下・天浜線)だ。この沿線には、戦国の物語に登場する城跡が点在。おまけに現存する木造駅舎の多くが、国の有形文化財に登録されている。まさに城好き、鉄道好き、旅好きすべてが満足できる路線なのだ。これはぜひ訪れるしかない!

ということで新幹線を掛川駅で下車。ホームの東京寄りに立つと、北の空に掛川城の白亜の天守閣が聳えているのが見えた。大きな城とは言い難いが、何とも美しい姿にほれぼれしてしまう。それも無理のない話で、掛川城天守閣は1994年、日本初の本格木造天守閣として復元されたのだ。

掛川城、天守、復元
掛川城天守は資料などをもとに、史実に忠実に復元されている(かみゆ歴史編集部提供)

ホームから見えるだけあって、城へは駅から徒歩7、8分で訪れることができる。これは天浜線に乗る前に、まずは立ち寄ってみるしかないでしょう。城の手前では、足湯カフェや地元のグルメを楽しめる「掛川観光物産センターこだわりっぱ」が目に入る。ここで誘惑に負け、散策を始める前にいきなり腹ごしらえも悪くないかも。スイーツ派には、茶処静岡らしい抹茶ソフトがおススメだ。

掛川城は室町時代、駿河の今川氏が家臣の朝比奈氏に命じて築城したのが始まり。戦国時代後期になると山内一豊が城主となり、天守閣や大手門を建築するとともに、城下町の整備を行い近世城郭へと姿を変えた。復元された天守閣や文久元年(1861)に建築され、国の重要文化財に指定されている二の丸御殿など、見どころも満載。伝統的な数寄屋造りの建物内で、掛川茶の煎茶や抹茶を楽しめる「二の丸茶室」も忘れずに楽しみたい。

掛川城を堪能したら、いよいよ旅の本題、ローカル線に乗車だ。掛川駅へ戻ったら、立派なJRの駅舎西端にある三角屋根のキュートな建物に向かおう。こちらが天浜線の掛川駅である。天浜線はここから内陸部に入り、浜名湖北岸から西岸を巡って再び東海道線の新所原駅へと向かう67.7kmの路線。1935年に国鉄二俣線として営業を開始。1987年の国鉄民営化とともに第三セクターに転換された。

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モダンな三角屋根がオシャレな掛川駅。通勤通学に利用する人が多く、活気があふれる駅だ

ホームにはすでに1両編成(鉄道の世界では単行と呼ぶ)のディーゼルカーが、低いエンジン音を響かせ停車していた。この音が醸し出す雰囲気こそ、旅情を最大限に引き出してくれる要素なのだ。高揚する気持ちを抑えつつ、まずは車内に身を落ち着かせた。

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天浜線の車窓からは線路沿いに植えられた四季折々の花が楽しめる

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茶畑の中を走る天浜線。こうした静岡ならではの風景を見られるのも天浜線の魅力の一つだ

最初に目指した駅は、約1時間乗車した先にある二俣本町駅。その駅からは二俣城跡と鳥羽山城跡に行くことができるのだ。掛川駅を出発すると、車窓を流れる風景はしばらく市街地が続く。やがて田畑や丘陵が目立つようになってくる。単線、各駅停車しかないので、自然と気持ちものんびりしてくる。

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二俣本町駅は無人の高架駅。春や秋は桜や紅葉見物の客でにぎわう

二俣本町駅舎は手打ち蕎麦の店『葉月』が同居している。じつは天浜線の駅の中にはフランス料理店や中華料理店、喫茶店、鰻屋、パン屋などが同居するユニークなものが存在する。文化財に登録されている木造駅舎や上屋とあわせて、こちらも楽しみたい。

駅から徒歩10分ほどで訪れることができる二俣城は、天竜川と二俣川(現在は流れが変えられ城の東側を流れている)に挟まれた天険の地に建つ。戦国時代にはこの城を舞台に、徳川家康と武田信玄・勝頼父子が激しい争奪戦を繰り広げたことでも知られている。さらに家康の長男・信康が切腹した、悲劇の城としても語り継がれているのだ。

二俣城天守跡、石垣、野面積
見事な野面積の石垣が残されている二俣城天守跡

城跡でまず目をひくのが、石垣で造られた天守台であろう。さほど大きなものではないが、野面積を基本としつつ、隅石には当時の最先端技術である算木積が用いられている。一帯には石垣だけでなく、土塁や曲輪の跡も比較的はっきりと残されていて、在りし日の姿を十分に連想させてくれる。

そして二俣川のかつての流れ(今は住宅)を挟んだ対岸には鳥羽山城があった。これは家康が二俣城攻略のために築いた付城のひとつ。現在は全体が公園となり、遊具なども設置されていて、今ひとつ城跡感は乏しい。それでも山頂付近には石垣が残されている。

鳥羽山公園、景勝地、紅葉
 鳥羽山公園は遠州平野を一望できる景勝地で、紅葉の名所としても有名である(浜松・浜名湖ツーリズムビューロー提供)

徳川四天王・井伊家の本拠を攻略

再び天浜線に乗り込み、今度は井伊家ゆかりの地を目指した。大河ドラマで脚光を浴びた井伊谷の集落は、金指駅から徒歩約50分の距離。普段の運動不足を解消させるには悪くない歩行時間かも。ここには井伊家発祥の井戸や菩提寺とした龍潭寺(りょうたんじ)といった見どころと、井伊家が本城としていた井伊谷城跡がある。

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 金崎駅は静かな木造駅舎。2011年に高架貯水槽など駅施設の一部が、国の登録有形文化財に指定された

井伊家、菩提寺、龍潭寺
井伊家の菩提寺・龍潭寺

この城は万寿9年(1032)に井伊共保(いいともやす)が築いたとされるが、定かなことは不明だ。城跡には建造物は残されていないが本丸、二の丸、三の丸といった曲輪の跡は認識できる。大河ドラマの影響で、頂上までの道はきれいに整備された。本丸からは井伊谷全体が一望でき、敵の侵入が手にとるようにわかる。背後には高い山が連なる、なかなか堅固な城である。

井伊谷城跡、本丸
井伊谷城跡の本丸。さほど標高がないので籠城には三岳城を使う

そして北方の山に築かれているのが、有事の際に井伊家が籠城に使った三岳城だ。戦国時代よりも前は、こちらが井伊家の本城だったとも言われている。ここはアクセスが悪いので、攻城にはそれなりの覚悟が必要。中腹の三岳神社まで車を利用しないと、この城だけで1日を費やすかも知れない。

三岳城、本丸、山道
三岳城跡本丸へと続く山道

さらに三岳神社から頂上の本丸までは、本格的な登山道が待ち受けている。最低でもスニーカーに長袖、長ズボンといった出で立ちで出かけよう。意外に登りはキツいので、水分も忘れずに。ただ本丸が置かれた山頂からは、遥か彼方の浜松市街地や浜名湖まで一望でき、疲れを吹き飛ばしてくれるはずだ。

三岳城本丸跡、浜松市街、浜名湖
遠く浜松市外や浜名湖まで望める三岳城本丸跡

魅力満載の天浜線の旅の締めくくりは、終着の新所原駅舎に同居する鰻屋『やまよし』のうな丼に舌鼓、これできまり。山城歩きでペコペコになったお腹が満ちれば、早くも次なる旅への熱い想いが湧いてくるはずだ!

執筆・写真/野田伊豆守(のだいずのかみ)
東京都出身。日本大学芸術学部卒業、出版社勤務を経てフリーエディターに。アウトドアや歴史、旅行など幅広い分野で活動を行っている。主著に『密教の聖地 高野山』(共著・三栄書房)、『旧街道を歩く』『東京の里山を遊ぶ』(ともに交通新聞社)

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