超入門! お城セミナー 第136回【構造】土の城の堀って本当に敵を防げたの?

お城に関する素朴な疑問を、初心者向けにわかりやすく解説する連載「超入門! お城セミナー」。今回は土の城の遺構について。山城を訪れた時、「思ったよりも簡単に攻略できそうな城だな…」なんて思ったことありませんか? じつは土の城は、築城当時のまま残っている例はほとんどないのです…!

大坂城、滝山城、堀
石垣の城(/大坂城。大阪府)と土の城(/滝山城。東京都)。大坂城の幅100mを超える水堀と高石垣の組み合わせはいかにも難攻不落だ。滝山城の堀も巨大だが、堀底が広いため兵を展開させやすいようにも見える

土の城は簡単に攻略できるのか…?

近年城ファンがググッと増えて、天守や櫓といった建造物のない、戦国時代の山城(土の城)の人気もグ〜ンと高まっています。石垣で囲われていなくても、水をたたえていなくても、山中にダイナミックに残っている土塁や堀、堀切などに出会うと、胸はドキドキ、テンションも上がろうというもの。このトキメキを経験して病みつきになる人がどんどん増えているのです。

城跡では、登城時は攻める側に、下城時は守る側になって歩くと築城者の意図やその城の個性がよくわかるなんて言いますが……土の城を歩いている時、こんなふうに思ったことがある人はたくさんいるのではないでしょうか。「この堀、簡単に越えられるけど……こんなのでホントに敵を防げたのかな?」……ですよね! 山中で出会う土づくりの空堀の多くが、フチは丸いし傾斜はゆるい、何よりあまり深くもない、という姿。こう思ってしまうのも当たり前なのです。

滝の城、堀
滝の城(埼玉県)の空堀。斜面はゆるく、深さもそこまでではないため簡単に越えられそうだが…?

現在の山城遺構は崩壊が進んだ姿

ところが、です。一見するとしっかりと残っている遺構でも、そもそも土の構造物であるうえに、使われなくなってから雨ざらしで400〜500年も経っているのです。崩れたり埋まったりしていて、現役だった時の姿とはかなり違っていると思わねばなりません。堀の形、気候、廃城後の土地の使われ方などによって差はあれど、だいたいどの堀も最低で人の背丈ほどは埋まってしまっている(!)といいます。特にV字型の薬研堀は、底が狭いから埋まるのも早くなります。この情報だけでも、足元にあるダラ〜ンとした堀が急に恐ろしく見えてきませんか? そう。土の城の堀をナメてはイカンのです。

土の城、堀
土の城の遺構埋没イメージ図。経年による風化で堀は埋まり、土塁は崩れてしまうため、築城時の堀や土塁の規模は発掘調査などを行わなければわからない(西股総生著『パーツから考える 戦国期城郭』掲載図版を元に作成)

しかも、堀のフチの部分だってもっとググッと立ち上がっていて、そのぶん角度も今よりずっと急で切り立っていたのです。そして、その両フチに高低差があることも多いといいます。低い方の城外側のフチに立って向こう側のフチが数mも高ければどうでしょう。同じ堀幅でも迫力と防衛力が全く違ってきますよね。甲冑をつけていたらもちろん、平服でも飛び越えられるシロモノではないでしょう。実戦の場合はなおさら。堀の向こうに柵や盾などが並び、その後ろには弓や槍を構えた兵たちがこちらをにらんでいるのですから。

さらに、堀の土には草など生えておらず、しっかり突き固められているゆえに、底に落ちてしまったら最期、とっかかりもなく、はい上がることなど不可能です。関東ロームなどの粘土質の土ならなおさら、ツルツルすべって蟻地獄のような苦しみを味わうことになってしまいます。そこに上から城兵たちによる攻撃が加わることを想像すると……イヤイヤ、ムリムリ!ムリです!!

杉山城、南三の郭の堀
遺構保護のため本来の深さや高さではないものの、整備された山城では樹木やヤブのない空堀を体感することができる。左写真は杉山城(埼玉県)南三の郭の堀。同じ場所を堀底から見てみると(右写真)、そそり立つ壁のように感じる。敵に狙われながら登るのは難しそうだ

こんな恐ろしい土の堀が障子の桟のように区画された遺構がある北条氏の支城・山中城(静岡県)では、「畝堀」や「堀障子」と呼ばれるこの見事な遺構を良好に保存し、構造をわかりやすくするために、遺構の上に土を盛って被せ、さらに芝生を張って保護しています。その造形に心をわしづかみにされる堀障子ですが、高さは1.8m、幅8〜9m(堀底は幅2m)。そして、内部の傾斜はなんと55度。しかもこの堀障子自体が深さ9mの大きな堀底に造られているのですから、その防御力は極めて高いものだったでしょう。

山中城、一ノ堀
山中城岱崎出丸から見た一ノ堀。現況でも充分高低差があるが、かつては障子の底がもっと深かった。遺構保護のために張ってある芝ももちろんなく、赤土がむき出しだったため、曲輪に侵入するのは不可能に近い

いやはや、完全にナメてました。土の城の堀、恐るべし。往時のままの本物の姿を見たい人は、山城の発掘情報をキャッチして見学会に参加すれば、目の当たりにできるかも。ただし、発掘中の個人的な見学は、作業の妨げになるとともに非常に危険(充分理解しました…汗)なので、控えましょう。しかし今後は山城で遺構に出会ったら、目の前にあるダラ〜ンとしたものより高く鋭く、そして固く滑らかな状態のものを、心の眼で見なければなりませんね。もし現地にVRの設備などがあれば、ぜひとも体験してみましょう!

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執筆・写真/かみゆ歴史編集部
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。主な制作物に、戦国時代を地方別に紹介・解説する『地域別×武将だからおもしろい 戦国史』(朝日新聞出版)や、お城の“どうしてそうなった!?”な構造や歴史を紹介する『ざんねんなお城図鑑』(イカロス出版)、スタンプ帳付の子ども向けお城入門書『戦国武将が教える 最強!日本の城』、24人の人気武将が様々なテーマで戦う『歴史バトル図鑑 最強!戦国武将決定戦』など。地形地理や地政学の視点から、その地に城が築かれた理由や合戦の舞台となった理由などを検証する『地政学でわかる! 日本の城』(イカロス出版)が好評発売中!