手っ取り早く知りたい!なんでも一覧リスト 徳川歴代将軍や徳川御三家、徳川十六神将など! 徳川家関連のあれこれ一覧リスト

徳川家康が幕府を開いてから260余年続いた江戸時代。代々の徳川将軍や徳川御三家、徳川御三卿や徳川四天王、徳川十六神将など「徳川あれこれリスト」を作成しました。

■徳川将軍15代の在位期間・主な出来事など

初代・徳川家康(慶長8年2月12日〜慶長10年4月16日・約2年間、江戸幕府開府)
第2代・徳川秀忠(ひでただ。慶長10年4月16日〜元和9年7月27日・約18年3か月間。大坂冬の陣・夏の陣)
第3代・徳川家光(いえみつ。元和9年7月27日〜慶安4年4月20日・約27年9か月間。参勤交代制度化、江戸城完成、島原の乱)
第4代・徳川家綱(いえつな。慶安4年8月18日〜延宝8年5月8日・約28年9か月間。末期養子の禁の緩和、殉死の禁止、大名証人制度の廃止)
第5代・徳川綱吉(つなよし。延宝8年8月23日〜宝永6年1月10日・約28年5か月間。生類憐れみの令、元禄赤穂事件)
第6代・徳川家宣(いえのぶ。宝永6年5月1日〜正徳2年10月14日・約3年5か月間。正徳の治)
第7代・徳川家継(いえつぐ。正徳3年4月2日〜享保元年4月30日・約3年間。5歳で就任、最年少将軍)
第8代・徳川吉宗(よしむね。享保元年8月13日〜延享2年9月25日・約29年1か月間。享保の改革、享保の大飢饉、目安箱の設置)
第9代・徳川家重(いえしげ。延享2年11月2日〜宝暦10年5月13日・約14年6か月間。宝暦の飢饉)
第10代・徳川家治(いえはる。宝暦10年5月13日〜天明6年9月8日・約26年4か月間。田沼意次を重用)
第11代・徳川家斉(いえなり。天明7年4月15日〜天保8年4月2日・約50年間。天明の大噴火、大飢饉、明和の大火、大城平八郎の乱)
第12代・徳川家慶(いえよし。天保8年4月2日〜嘉永6年6月22日・約16年2か月間。モリソン号事件、天保の改革)
第13代・徳川家定(いえさだ。嘉永6年11月23日〜安政5年7月6日・約4年8か月間。日米和親条約・日米修好通商条約締結)
第14代・徳川家茂(いえもち。安政5年10月25日〜慶応2年7月20日・約7年9か月。公武合体、桜田門外の変)
第15代・徳川慶喜(よしのぶ。慶応2年12月5日〜慶応3年12月9日・約1年間、大政奉還)

江戸城
江戸城。しゅんいちさんご投稿写真

■江戸城年表

初代将軍・徳川家康    :慶長11年 天下普請による大改修工事を実施。翌慶長12年に初代天守(慶長度天守)が完成。
第2代将軍・徳川秀忠  :元和8年 本丸拡張工事を行い、翌元和9年に2代目天守(元和度天守)が完成。
第3代将軍・徳川家光  :寛永14年 元和度天守を建て直し、翌寛永15年に3代目天守(寛永度天守)が完成。
第4代将軍・徳川家綱  :明暦3年 明暦の大火により寛永度天守、本丸御殿などが焼失。万治元年に天守台、万治2年に本丸御殿が再建されるが、天守は再建されなかった。
第12代将軍・徳川家慶:天保15年 火災により本丸御殿が焼失。翌弘化2年に本丸御殿を再建。
第14代将軍・徳川家茂:安政6年 本丸御殿焼失。翌万延元年に本丸御殿を再築。
同上        :文久3年 本丸と二の丸が焼失。二の丸の再築に着手するが、本丸は再築されなかった

江戸城
江戸城。chiroruさんご投稿写真

■徳川御三家

徳川御三家とは、徳川家の血筋を守るため、将軍家から家康の3人の息子を独立させて新たにたてた大名家のこと。将軍家に次ぐ家格を持ち、「徳川」姓の名乗りと葵の御紋の使用が認められていました。

尾張徳川家(初代藩主:徳川義直。本城:名古屋城。62万石)
紀州徳川家(初代藩主:徳川頼宣。本城:和歌山城。56万石。吉宗(第8代将軍)・家茂(第14代将軍)を輩出)
水戸徳川家(初代藩主:徳川頼房。本城:水戸城。35万石)

徳川御三家
左から名古屋城(はたけさん)、和歌山城(初芽さん)、水戸城(シェルさん)

■徳川御三卿

徳川御三卿(ごさんきょう)とは、徳川血筋の将軍を途絶えさせないため、8代将軍吉宗が創設した3家。御三家に次ぐ家格でしたが、領地はなく、江戸城域住まいでした。

田安徳川家(始祖:徳川宗武。吉宗の次男)
一橋徳川家(始祖:徳川宗尹(むねただ)。吉宗の四男)
清水徳川家(始祖:徳川重好。吉宗の長男である家重の次男)

■徳川四天王

徳川四天王とは、家康に仕えた武将の中で最も忠義の厚いとされる4人のこと。

酒井忠次(さかいただつぐ。家康が幼いころから仕え、石川数正とともに「家康の両家老」とよばれた。主な居城=吉田城(愛知県豊橋市))
本多忠勝(ほんだただかつ。歴戦において一度も傷を負わなかったといわれる猛将。主な居城=大多喜城(千葉県夷隅郡))
榊原康政(さかきばらやすまさ。小牧・長久手の戦いで見せた計略で武名があがる。主な居城=館林城(群馬県館林市))
井伊直政(いいなおまさ。家康から武田の赤備えを継承された勇将。主な居城=箕輪城(群馬県高崎市))

■徳川十六神将

徳川十六神将とは、家康に古くから仕え江戸幕府樹立に尽力した16人の武将のこと。

酒井忠次(さかいただつぐ。家康が幼いころから仕え、石川数正とともに「家康の両家老」とよばれた)
本多忠勝(ほんだただかつ。歴戦において一度も傷を負わなかったといわれる猛将)
榊原康政(さかきばらやすまさ。小牧・長久手の戦いで見せた計略で武名があがる)
井伊直政(いいなおまさ。家康から武田の赤備えを継承された勇将)
米津常春(よねきつつねはる。家康の父の時から仕え、桶狭間の戦いや三河一向一揆などで功名を挙げた)
高木清秀(たかぎきよひで。姉川の戦いや長篠の戦いで武勇を挙げ、本能寺の変の後に家康に仕えた)
内藤正成(ないとうまさなり。早くから家康に仕えた弓の名手で、初陣では織田信秀(信長の父)の兵と戦った)
大久保忠世(おおくぼただよ。家康の父・広忠の代から仕え、三方原の戦いでは、武田軍に夜襲をかけた)
大久保忠佐(おおくぼただすけ。大久保忠世の弟で、長篠の戦いでの戦いぶりが織田信長の目にとまった)
蜂屋貞次(はちやさだつぐ。三河一向一揆で家康に反旗を翻したが、帰順を許された。26歳の若さで戦死)
鳥居元忠(とりいもとただ。関ヶ原の戦いでは伏見城の留守を預かり、西軍の猛攻を食い止めた)
鳥居忠広(とりいただひろ。鳥居元忠の弟で、数々の軍功を挙げたものの三方ヶ原の戦いで戦死)
渡辺守綱(わたなべもりつな。「槍の半蔵」と称された槍の名手で、三河一向一揆で家康と争ったが帰順した)
平岩親吉(ひらいわちかよし。家康の人質生活に従い、三河平定後には信康(家康の嫡男)の後見役を務めた)
服部正成(はっとりまさなり/まさしげ。本能寺の変にともなう伊賀越えで、伊賀衆を率いて家康の危機を救った)
松平康忠(まつだいらやすただ。家康の従兄弟であり義兄弟。長篠の戦いでは酒井忠次と共に鳶巣山を奇襲した)

作成/城びと編集部

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