マイお城Life 小説家・伊東潤さん[後編]縄張の妙が光る山城を歩いてみよう!

生粋の城ファンや城を生業とする方々にご登場いただく連載「マイ お城 Life」。『武田家滅亡』や『天地雷動』など、戦国時代の東国を緻密な歴史考証の元、リアルに書き上げる歴史作家・伊東潤さんの特別インタビューをお届けします。 後編では、オススメの山城や城歩きの注意点など、城めぐりをはじめたいと思っている読者へのアドバイスをうかがいました。



伊東潤、歴史作家の城めぐり
昨年12月に城のガイド本『歴史作家の城めぐり』を刊行する程の城マニアである伊東さん。これまでに歩いた山城の中でオススメなのは、いったい何城なのだろうか

杉山城は訓練のために造られた城なのかもしれません

山中城(静岡県)との出会いをきっかけに、歴史作家への道を歩みはじめた伊東潤さんの作品には城が多数登場する。伊東さん自身も城好きで、執筆活動の傍ら訪れた城は600城以上にのぼり、その多くは関東圏の山城だという。関東の山城の魅力とはいったい何なのか、伊東さんにうかがってみた。

(伊東)
関東に限りませんが、山城には国人の城が多くあります。国人は財力も労働力も限られているので、その中で工夫しなければなりませんでした。山城では、その苦闘の痕跡が見られます。中でも「半造作(ぞうさ)」と呼ばれる普請を途中で放棄した城があります。どうしてそうなったのか、その原因を想像するだけでも楽しくなりますね。そうした築城者の息づかいを感じられるのが、山城の最大の魅力ですね。

また東国には、北条氏や武田氏といた城造りに特徴のある大名の城が多く残るのも魅力です。北条氏なら、小田原城を中心とした支城ネットワーク、武田氏なら、後詰め(援軍)が来られなくても敵を撃退できる攻撃的な縄張など、その家の防衛思想が反映されています。山城めぐりをする際は城主(築城主体)による縄張の違いを意識してみると、新たな発見ができて楽しいです。

築城思想の違いにより、1つとして同じものがないのが山城の魅力という、伊東さんの言葉通り、全国にある山城の縄張は千差万別。「城びと」読者の中にも、「山城に行ってみたいけど、最初はどの城に行けばいいのか分からない……」と、悩んでいる人は多いだろう。初心者が楽しめる関東の山城と、オススメポイントを伊東さんに教えていただいた。

(伊東)
初心者向けなら、アクセスがよくて登りやすいけど、しっかりと遺構が残っていて縄張の妙が楽しめる城がいいかな。そうですね……、僕のオススメは滝山城(東京都)、杉山城(埼玉県)、小幡城(茨城県)の3城でしょうか。

滝山城は遺構がしっかり残っている上、整備が行き届いていて分かりやすい。特に、3つの馬出で防御している二の丸は「土の城の精華」と言ってもいいほどの見事さですね。この城は、北条流築城術の到達点の一つでしょうね。

滝山城、二の丸、空堀
滝山城二の丸の空堀。本丸へ続く重要な拠点である二の丸は、3つの馬出が設けられるなど、厳重な防御が敷かれていた

(伊東)
杉山城は、虎口など山城のパーツの多様性が楽しめる城です。しかも、塁線はどこからでも十字砲火ができるようになっていて死角がない。計算され尽くした縄張りで、築城術とは何なのかを知る上で最適だと思います。築城年代や城主が不明というミステリアスな点も面白いですね。

これはウモさん(※)の説ですが、小田原合戦直前の北条氏では、農民まで徴兵していました。そこで、訓練用の城として杉山城を使ったんじゃないかと。また傘下国人に城造りを教えるために、モデルハウス的に使っていたのでは…。発掘調査では小田原合戦以前の遺物が出ているので、もっと前の時代に造られた可能性は高そうですが、こうした考察を楽しめるのも城めぐりの面白さですね。

(※)ウモさん…城びとにて「ウモ&ちえぞー!に聞く城旅のコツ」を連載。ウモさんと伊東先生の関係は前編の記事をチェック。

杉山城、塁線
杉山城の塁線は屏風折れとなっていて、堀に侵入した敵をどこからでも射撃できるようになっている

(伊東)
軍事的な目的を持った城は、敵を撃退するために造られます。しかし敵を寄せ付けない、つまり城に入れないことが絶対条件ではありません。敵を引き入れてダメージを与えて撃退するというのも一つの方法です。

敵を引き込んで撃退するという防御法を取る城の中で、小幡城はトップクラスの防御力を持っています。迷路のようにめぐらせた堀に敵を引き込み、行き止まりに誘い込んで殲滅するという考えが徹底されていているのです。堀は巨大で土塁も高く、本当に人力で造られたのかと疑ってしまうほどです。

山城の面白いところは、巨大勢力でなくても、知恵を働かせれば名城を築けることです。小幡城の城主は江戸氏という国人領主なのですが、さほど巨大勢力でもない江戸氏が、これだけ完成された縄張の城を造れたのには驚かされます。

小幡城、堀
小幡城の堀。堀は人がのぼれない程深い一方、幅は敵軍が歩きやすい広さだ。しかし、この堀はあえて底を進ませ、行き止まりで敵を殲滅するという恐ろしい仕掛けになっている

伊東さんオススメの3城は、巧妙な縄張を持つ上に、実践的に造られており、すぐにでも訪れたい城ばかりだ。しかし、実際に城めぐりに行くためには、持ち物や服装などの準備が必要。こちらもばっちりアドバイスをいただいたので、城めぐりをはじめたいと考えている人は、これを参考に用意を整え、早速山城に行ってみよう。なお、山城めぐりの準備については、『歴史作家の城めぐり』(プレジデント社)でも丁寧に説明されているので、ぜひそちらも確認してみて欲しい。

(伊東)
城めぐりの準備として必ずやってほしいのは、事前の下調べですね。城の歴史や縄張を事前に知っているのといないのとでは、実際に訪れたときの楽しさがまったく違います。山城では、ぱっと見だけで遺構を判別できないことが大半です。訪れる前に、どこにどのような遺構があるのかを把握しておかないと、せっかく苦労して山を登ったのに代表的な遺構を見逃した……、なんてハメになります。また、歴史を調べておくと「この曲輪であの武将が戦ったのか」など、より深い感動を味わうことができます。あとは、縄張図はかならず持って行ってほしいですね。ビニールケースに入れて首からかけると両手が空くので便利です。

山城、伊東潤
山城を歩く伊東さん。山の中では急に天候が崩れたり、虫に刺されたりと予期せぬハプニングがつきものなので、できるだけ肌の露出は避け、頭も帽子などで保護するのが鉄則だそうだ

(伊東)
持ち物や服装については『歴史作家の城めぐり』にも書いていますが、基本的には山歩きをするつもりの装備が必要です。長袖長ズボンの動きやすい服を着て、食料と飲み物はしっかり持っていきましょう。季節に関係なく山城は日焼けするので、日焼け止めも持って行った方がいいですね。また、僕自身は会ったことはありませんが、山には熊やイノシシなどが出ますから、獣よけの鈴なども用意しておいてください。

あと、本には書いていないここだけのオススメアイテムが巻き尺です。大規模な城は別ですが、山城の堀や土塁は一般的な巻き尺で深さや高さを計測できます。堀や土塁の規模を正確な数値で知ると、ひと味違う感動を得ることができますよ。

城跡内を歩くときの注意点は、しっかり休憩を取ること。事前にコースを下調べし、休憩ポイントを決めておくといいでしょう。意外と気をつけた方がいいのは、お城ファングループのオフ会参加の時です。歩きなれている上級者たちは相当なスピードで進んでいってしまうので、気づいたときには動けなくなるほど体力を消耗してしまう。疲れたと思ったら無理をせず、周りの人に声をかけてください。

「人に致して、人に致されず」

伊東さんは、積極的にSNSでファンと意見を交わしたり、読書会や城めぐりツアーなどのイベントを主催したりと、ファンとの交流を精力的に行っている。こうした活動は、どのような思いで行っているのだろうか。

(伊東)
現代は出版不況といわれているように、一部の超有名作家やドラマ・映画化された作品以外で本は売れなくなっています。さらに最近は歴史研究書が読みやすくなってきたため、歴史小説は他ジャンルよりも苦戦を強いられています。そんな厳しい環境の中で生き残るためには、コアなファン層を大切にしていくことが大切です。「一人でも多くの人に読んでもらいたい」ではなく「あなたに読んでもらいたい」くらいまでファンと密着することが必要です。

僕のファンの中には、史跡を歩き回るのが好きな方も多くいらっしゃいます。歴史を解説しながら実物を見てもらうことによって、作品の舞台となった場所や遺物への理解を深めてもらえたら嬉しいですね。とにかくファンの皆さんと楽しむことが大切で、本を買ってもらうのは二の次です。この写真の中には、私の作品を一冊も読んでいない方もいます(笑)。

城めぐりツアー
伊東さん主催の城めぐりツアーの様子。山城だけでなく小田原城のような近世城郭を訪れる回もあるので、「山城はちょっとしんどいかも…」と考えている人は、まずは近世城郭の回から参加してみよう

先に伊東さんが述べられたように、現代は本が売れない出版不況だといわれている。歴史小説は安定した市場を持っているものの、厳然たる史実の方に多くの歴史好きが引き寄せられることによって、小説が軽視されるきらいがあります。そんな歴史作家の道に40代から踏み込んだ伊東さんは、歴史小説の意義をどのようにとらえているのだろうか。

(伊東)
新書で手軽に史実が学べるようになった現代では、昔のように登場人物の心情をただ時系列に沿って書くだけの歴史小説は読者に歓迎されません。僕の場合は、最新の研究書や史料を必ずチェックし、史実を新しい解釈で描くことを心がけています。また、これまで書いてきた東国の戦国時代にとらわれず、新しい時代や地域に「領国」を広げていきたいとも考えています。

伊東潤
常に新しい史実の見方を模索している伊東さん。最近はビジネスマンだった頃の経験を生かして、社会派小説執筆にも取り組んでいるそうだ。ちなみにこの写真は「自分で運転して城に行っています」と話しているところ

(伊東)
「人に致して、人に致されず」という孫子の言葉があります。「戦いの巧みな者は敵を思うままに動かし、他人に動かされることはない」という意味なのですが、歴史上の人物を見てみると全くその通りなんですよね。戦国時代なら武田信玄が代表格ですが、彼があそこまで領土を広げられたのは、「人を致す」人物だったから。信玄は戦う前に勝てる状況をつくっておくという大局観を持っていたため、戦で負け知らずだった。反面、息子の勝頼は目先の利益しか見えていなくて、その場しのぎの対応をしているうちに滅亡まで追い込まれてしまった。

僕の小説には「致す人」も「致される人」も出てきますが、僕自身が「致す作家」にならねばならないと思っています。「戦国時代なら読むけど」ではなく「伊東潤の作品なら何でも読む」という作家になりたいと思っています。そのため常に新しい題材に挑んでいくつもりです。

▼前編はこちら

歴史作家の城めぐり:伊東潤
書名:『歴史作家の城めぐり―― 戦国の覇権を競った武将たちの夢のあと』
著 :伊東潤
発行:プレジデント社

背景を知るとまた行きたくなる!第一級の歴史作家が読み解く関東甲信の隠れた名城35のガイド。
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伊東潤
 1960年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。日本アイビーエム株式会社を経た後、外資系企業のマネジメントを歴任。2003年にコンサルタントに転じて2006年に株式会社クエーサー・マネジメントを設立。2007年、『武田家滅亡』(角川書店)でメジャーデビューし、2010年に専業作家となる。最近の著作に『池田屋乱刃』(講談社)、『鯨分限』『男たちの船出』(光文社)、『江戸を造った男』(朝日新聞出版)、『ライト マイ ファイア』(毎日新聞出版)、『歴史作家の城めぐり』(プレジデント社)など


執筆/かみゆ歴史編集部
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。


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