マイお城Life 小説家・伊東潤さん[前編]城がなければ小説家・伊東潤は生まれなかった!?

生粋の城ファンや城を生業とする方々にご登場いただく連載「マイ お城 Life」。『武田家滅亡』や『天地雷動』など、戦国時代の東国を緻密な歴史考証の元、リアルに書き上げる歴史作家・伊東潤さんの特別インタビューをお届けします。 前編では、伊東さんと城の出会いや歴史小説を書くことになったきっかけ、また2018年12月に発売された『歴史作家の城めぐり』執筆に込めた想いをうかがいました。

吉川英治文学新人賞、第20回中山義秀文学賞、伊藤潤
コンサルティング会社の経営者から小説家へと転身した伊東さん。丁寧な史料の読み込みを下地としたリアリティーの高い歴史描写が高く評価され、吉川英治文学新人賞や山田風太郎賞など6つの文学賞を受賞している

山中城との出会いが僕の人生を変えました

40代から小説家を志し、コンサルティング会社の経営と執筆活動を並行して行い、50代で専業小説家となった伊東潤さん。作品内では城、特に関東の山城が登場することが多く、「城びと」読者にも伊東さんのファンは多いのではないだろうか。2018年12月には、東国の城をガイドする『歴史作家の城めぐり』(プレジデント社)も刊行されるほど深い城知識をもつ伊東さんだが、若い頃は自分が歴史小説を書くとは夢にも思っていなかったそうだ。そんな伊東さんが小説家への道を歩みはじめたのは、とある山城へ訪れたことがきっかけだったという。

(伊東)
はじめて城と出会ったのは、40代でした。それまで歴史にもお城にも興味はなくて、司馬遼太郎の小説をちょっと読んだことがあったくらいでした。そんな時、家族旅行中に山中城(静岡県)で休憩をとったんです。格子状の堀が整然と並ぶ光景が、とても美しいものとして僕の目に焼き付きました。

当時は城の知識なんて全くなく、あの堀が畝堀だということすら知りませんでしたが、どうしてああいう形状なのか興味がわき、いろいろ調べました。その過程で、ふと浮かんだのが「城取り(築城家)は、自らの作品の中で死ねる唯一の芸術家」というフレーズです。その言葉から生まれたのが、『悲雲山中城』(叢文社)です。小説は全く書いたことがなかったんですが、書き始めたら溢れるように言葉が出てきましたね。おそらく少年時代の乱読経験が物を言ったんだと思います。

伊藤潤、山中城
伊東さんの転身の契機となった山中城。「城=天守」が当たり前だった2000年代前半に、土の城の美しさを見いだした伊東さんの慧眼にはさすがと言う他ない

(伊東)
その後、もっと城をめぐってみたいと思い、インターネット上にあった「お城めぐりファン」というサイトに参加するようになりました。オフ会の城めぐりでは、お城の先輩たちに城の歩き方や遺構の知識を教えてもらって、一気に興味が深まりましたね。「城びと」さんで、「ウモ&ちえぞー!に聞く城旅のコツ」を連載されているウモさんと知り合ったのもその頃です。

今は作品執筆のための取材が中心なので、さほど城をめぐっていませんが、これまでに訪れた城は600城を超えているのではないでしょうか。取材だと同じ城に何度も行くので、最近は新しい城を見に行くことも少なくなってきました。

山中城との出会いから小説家の道を歩みはじめた伊東さんの作品は、北条氏や武田氏など東国の戦国時代を舞台としたものが多い。しかし、デビュー当時は、東国の戦国時代を扱った小説は皆無だった。なぜ、織田信長、豊臣秀吉といった有名武将ではなく、東国の武将たちを主人公に据えたのだろうか。

(伊
安易に信長や秀吉に走らなかったのは、彼らがすでに書き尽くされていると考えたからですね。 それで東国中心に書いていくことにしました。現地取材がしやすかったことも一因ですね。とくに北条氏は小説では未開拓で、早雲でさえ「伊勢の素浪人から成り上がった人物」という小説しかない時代でしたから、最新研究に立脚して新解釈を施した私の作品は、歴史ファンに大いに歓迎されました。 

アイデアはお城に行った時によく浮かびます。ウモさんの何気ない一言が作品になったことなど何度もあります。唐沢山城(栃木県)では、「この城は上杉と北条の両方に頭を下げていた佐野氏の城なんだよ」、「それじゃあ、どっちについているのか分からなくなることもあるかもね」なんて冗談を言い合って、その会話が『見えすぎた物見』(光文社『城を嚙ませた男』所収)という短編につながっています。

同じ短編集に収められた『鯨のくる城』は、下田城に行った時に、「昔はここから鯨が潮を吹くのが見えたそうだよ」という一言から。水戸城に行った時は武田神社まで足を伸ばして天狗党のことを語り合い、それが『義烈千秋 天狗党西へ』(新潮社)として結実しました。

唐沢山城
唐沢山城は北条氏と上杉氏の間に挟まれ、度々戦に巻き込まれたという歴史を持つ。『見えすぎた物見』では、大大名に振り回される唐沢山城と佐野氏の悲哀が見事に描かれている

確立した趣味ジャンルとして長く続いてほしい

近年、テレビなどのメディアで天守のみならず山城を見かける機会も増え、山城のブームが来ているといわれている。2000年代前半から東国の山城を“領国”としていた伊東さんは、現在の「山城ブーム」をどう見ているのだろうか。

(伊
テレビで城の特集を見かけたり、これまでほとんど人と会ったことのないような山城でよく人とすれ違うようになったりと、確実にブームが来ているなとは感じています。城に興味を持つ人が増えたことで、自治体の城郭整備も活発化していますし、僕は「山城ブーム」が来たことを嬉しく思っています。一過性のブームで終わらず、1つの確立した趣味ジャンルとして長く続いて欲しいです。

伊藤潤、城めぐりツアー
伊東さんは、「城に詳しくなりたいなら、城めぐり経験の豊富な人と城に行くのが一番」という考えのもと、城めぐりツアーを主催している。ツアーでは遺構はもちろん城の歴史なども丁寧に解説してもらえるので、気になる人はお城や自治体の公式HPをチェックしてみよう

(伊
先日、滝山城に行った時、マウンテンバイクで疾走する外国人の少年たちを見ましたが、たいへん危険な行為です。また崩れかかった土塁を上り下りする人もいれば、ゴミを捨てていく人もいます。こうした一部の心ない人の行動には心を痛めています。人が殺到した結果、遺構の立入制限に踏み切った竹田城のような例もあります。大多数の人はしっかりとルールを守って城めぐりをされているので、このままマナー意識を維持してほしいですね。

伊東さんは『城を攻める 城を守る』(講談社)など、城をテーマにしたノンフィクションも執筆されている。2018年12月に発売された最新刊『歴史作家の城めぐりーー戦国の覇権を競った武将たちの夢のあと』も、関東の山城のめぐり方を解説したノンフィクションだ。個々の城の見どころや歴史がギュッと詰まった、城めぐりにも役立つ実践的な一冊となっているが、この本は伊東さんのどのような想いから生まれたのだろうか。

伊藤潤、歴史作家の城歩き
『歴史作家の城めぐり』では、関東甲信越と静岡県から46城(*電子書籍版。紙書籍は35城)が紹介されている。各城の見どころ解説だけでなく、城へ行く前の準備の仕方の説明もあり、これ一冊あれば城めぐりの準備は完璧だ

(伊
今は城めぐりのための基本知識は、ネットを検索するだけで容易に手に入れられます。つまり初心者向けのガイド本の意義は失われつつあるのです。その一方、専門家の先生方の本は発掘調査や出土遺物の記録など、お城めぐりをする上で必須の情報ばかりとは言えません。そうした状況を踏まえ、『歴史作家の城めぐり』では「読んで楽しいガイド本」を目指しました。読むだけでも十分に楽しめるし、回り方が難しい城では最適なルートを提示しています。どんな城を掲載しているかというと、東京から行きやすい城(関東および山梨・静岡・長野県限定)、歴史的に重要な城、遺構の残存状況がよい城、攻防戦や籠城戦のあった城、公園化されていて回りやすい城といった点を重視しています。

太田金山城、歴史作家の城歩き、群馬
『歴史作家の城めぐり』で紹介されている城は、いずれも遺構の残存度が高く見応えがある城ばかり。写真は紹介されている城の1つである太田金山城(群馬県)。城内各所で堅固な石垣を楽しめる、城ファンにも人気の山城だ

(伊
山城は成り立ちも遺構も、それぞれ違います。縄張の妙を体感できる城もあれば、涙せずにはいられない悲劇の歴史を持つ城もあります。『歴史作家の城めぐり』では、その城を深く理解できるように、城によって歴史解説と遺構解説の比重を変えています。城の見どころがコンパクトにまとまっているので、ぜひ一冊お手にとっていただいて、城めぐりに活用してください。

城とともに歩んだ伊東さんの作家人生について、まだまだ深く知りたいところだが、今回はここまで。後編では、オススメの山城や城めぐりの際に注意したいことなど初心者必見の情報を教えていただいたので、お見逃しなく!



歴史作家の城めぐり:伊東潤


著 :伊東潤
発行:プレジデント社

背景を知るとまた行きたくなる!第一級の歴史作家が読み解く関東甲信の隠れた名城35のガイド。
電子版はこちらから

伊東潤
1960年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。日本アイビーエム株式会社を経た後、外資系企業のマネジメントを歴任。2003年にコンサルタントに転じて2006年に株式会社クエーサー・マネジメントを設立。2007年、『武田家滅亡』(角川書店)でメジャーデビューし、2010年に専業作家となる。最近の著作に『池田屋乱刃』(講談社)、『鯨分限』『男たちの船出』(光文社)、『江戸を造った男』(朝日新聞出版『ライト マイ ファイア』(毎日新聞出版)、『歴史作家の城めぐり』(プレジデント社)など


執筆/かみゆ歴史編集部
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。


関連書籍・商品など