マイお城Life マイ お城 Life | 二宮博志さん[中編]手探りで進んだ商品発売までの道のり

連載「マイ お城 Life」第2回目のゲストは、城ラマシリーズを手がける「お城ジオラマ復元堂」の二宮博志さん。中編では、城ラマの誕生秘話に迫る。



二宮博志、モデリング作業、
現在、地形のモデリングは二宮さん自身が行っている。パートナー産業の業務が終了する18時過ぎからモデリング作業を開始するそうだ(撮影=畠中和久)

「売れる」よりも「つくりたい」を大切に

二宮さんを知っている人の中でも意外と知られていないのだが、城ラマシリーズを手がける「城郭復元マイスター」としての二宮さんは、じつは裏の顔。表の顔は、OA機器に使われるプラスチックギヤなどを制作しているパートナー産業株式会社の代表取締役だ。ちなみに、パートナー産業はタイなどにも工場を持っているという。それではなぜ、城郭の復元という新規事業に取り組んだのか。話を聞くと、単なる社長の道楽というわけではないらしい……。

(二宮)
パートナー産業は父が創業した会社で、プラスチック成形部品の製造を中心に行っており、2005年に会社を継ぎました。転機となったのは2008年に起こったリーマンショック。不況のあおりで、物づくり業界の多くが経費削減のために工場を海外に移しました。うちもタイに工場をつくったのですが、そうすると日本にいる社員の仕事は、工場の管理や工場で起きたことの尻ぬぐいが多くなってしまった。このままだと社員たちの創作性が失われてしまうと考えて、新規事業を興すことにしました。

はじめは「売れる」商品をつくろうと、車や医療器具の部品などを検討しましたが、いまいち受けがよくなく、社内も盛り上がらなかった。それなら売れるかどうかわからなくてもいいから、自分が「つくりたい」ものをつくろうと発想を変えたのです。自分がつくりたいものでなければ、最後までやり遂げられないですから。

こうして自分の好きなものを新規事業に結びつけようと立ち上がった二宮さんだが、社内にまったく知識も経験もないジオラマ制作の挑戦は、艱難辛苦の道であった。最初に立ちふさがった関門は、城ラマ最大の特徴である地形の復元だ。

(二宮)
ジオラマをつくるためにはまず地形のモデリングからはじめないといけないのですが、僕も含めて社員の誰もやったことがない……。まずは市販のGPSを使って地形のデータをつくろうと考えました。

じつは、最初に制作した城は長篠城(愛知県)ではなく、プロトタイプとして茅ヶ崎城(神奈川県)に取り組みました。公園化していて縄張がわかりやすいですし、何より会社の近くにありますから。さっそくGPSを持って行って地形のデータをとり、それをもとにパソコンでモデリングをしたのですが、全くお城の形にならない……。途方に暮れた結果、3Dマップを作成している会社にデータの作成をお願いして、なんとか地形の復元ができました。

茅ヶ崎城での苦労で、やはり3Dモデリングはきちんと学んでおかないといけないなと感じました。そこで、CG制作会社に勤めている知人に頼み、その会社の研修で3DCG制作の基礎を教えてもらいました。本当に笑っちゃうぐらい手探りの状態でしたね。

二宮博志、インタビュー
「城ラマの原点はとにかくこだわること。自分が納得できるものをつくりたい」と語る二宮さん(撮影=畠中和久)

高天神城、城ラマ、高低差、切岸
高天神城の城ラマをアップで見る。わずかな高低差や切岸の角度、建造物の考証までこだわり抜いてつくられている(撮影=畠中和久)

名コンビ誕生! 藤井尚夫先生との出会い

さて、城ラマのパッケージを飾る美麗な城郭イラストは、監修者である藤井尚夫氏による書き下ろしだ。藤井氏は工業デザイナーであるとともに城郭の発掘・整備指導や歴史放送番組の制作なども手がけており、『ドキュメント信長の合戦』(学研)など多くの著書も持つ。フィールドワークをもとに描く精緻な復元イラストには昔からファンが多いが、二宮さんと藤井氏は以前からの知り合いかと思いきや、なんと城ラマの監修者依頼ではじめて連絡を取ったのだという。

(二宮)
茅ヶ崎城が形になった時、商品として展開するなら監修者が必要だという話が出ました。正確な城郭復元を売りにする以上、専門家の目を入れる必要がある。僕はただのお城好きで、研究者ではありませんから。城ラマの監修は、藤井尚夫先生以外考えられませんでした。とにかく大ファンであったのと、藤井先生の描く美しい鳥瞰図を是非ともパッケージの表紙に使いたかったからです。とはいえ、伝手もなかったので思いきって先生のHP「藤井戦国史」を通じてコンタクトを入れました。「地形まで再現するジオラマを作りたいんです」と思いをぶつけたら、「面白いじゃない」とご快諾いただけまして。嬉しかったですねぇ。

城ラマ第1弾を長篠城に決めたのも、先生にご意見をうかがってからでした。その後、一緒に現地調査に行ったのですが、先生は外郭から攻めるように城を登っていくので、なかなか本丸にたどり着かないんです。細かな地形の変化も見逃さないので新たな発見が毎回ありますし、とても勉強になりますね。

城ラマ、高天神城、復元イラスト、藤井尚夫
城ラマのパッケージはすべて藤井尚夫氏の復元イラスト。二宮さんといっしょに現地取材を行い、ジオラマの監修も手がける

「城ラマ」お披露目!お城ファンの反応は…?

藤井氏の協力でより正確な城郭復元が可能となった城ラマ。ジオラマ制作は順調に進んでいたが、新たな問題に直面する。そう、OA機器のパーツ製造会社であるパートナー産業は、ジオラマを販売するための販路やコネクションを持っていなかったのだ。城ラマを商品として成功させるため、二宮さんはとある秘策を考える。

(二宮)
長篠城の着色原型が出来上がり、これなら商品として成り立つなと感じはじめた頃、同時に「これをどうやって売るの?」という問題にぶち当たりました。そんなこと、はじめから考えておけよって感じですけど(笑)。まずは多くの人に見てもらいたいと考えていた僕の目に入ってきたのが、「東京おもちゃショー」のお知らせでした。このような大きな展覧会であれば、お城ファンや代理店の人たちのリアルな反応を見ることができると考え、出展を決めました。

「おもちゃショー」までは半年を切っていたので、長篠城の制作は急ピッチで進めなくてはいけませんでした。販売用のジオラマは金型を使って生産します。そのためには、デザインした城の3Dデータを金型用のデータであるCADデータに変換しなくてはなりません。それもはじめての作業でなかなか上手くいかず、それだけで1か月もかかってしまいましたね。

何とかおもちゃショーの当日ギリギリで納品できたのですが、それでも「全く興味を持ってもらえなかったらどうしよう」という不安はぬぐえません。何しろ、前例のない山城のジオラマを売ろうとしているわけですから。でも、蓋を開けてみたら大勢のお客さんが興味を持ってくれましたね。物珍しかったのか、マスコミにも結構取り上げられました。「ここまでやってきてよかった」と、苦労が報われた気持ちになりましたよ。

数々の困難を乗り越えて生み出された城ラマ第1弾の長篠城は、お城ファンに喝采を持って迎えられ、2014年には第2弾の高天神城(静岡県)が、2016年には本丸シリーズとして上田城(長野県)が発売された。次回の後編では、実際に城ラマを見ながら、その見どころとこだわりにポイントを語っていただこう。
(各お城の城ラマはこちら:長篠城高天神城上田城 ※外部サイトへ移動します

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二宮博志(にのみや・ひろし)
1968年、東京都生まれ。2005年にパートナー産業株式会社代表取締役に就任。「城郭復元プロジェクト」を立ち上げ、2013年に城ラマシリーズ第1弾となる長篠城を発売。城ラマシリーズの他にも、公共施設に設置される城郭復元ジオラマなども手がけている。主な著書に『真田三代 名城と合戦のひみつ』(宝島社)がある。
「お城ジオラマ復元堂」http://joukaku-fukugen.com/

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写真=畠中和久

取材・執筆/かみゆ歴史編集部(滝沢弘康・小関裕香子)
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。手がける主なジャンルは日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなど歴史全般。最近の編集制作物に『完全詳解 山城ガイド』(学研プラス)、『エリア別だから流れがつながる世界史』(朝日新聞出版)、『教養として知っておきたい地政学』(ナツメ社)、『ゼロからわかるインド神話』(イースト・プレス)などがある。

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