萩原さちこの城さんぽ 〜日本100名城・続日本100名城編〜 第13回 名古屋城 復元された本丸御殿の障壁画に酔う

城郭ライターの萩原さちこさんが、日本100名城と続日本100名城から毎回1城を取り上げ、散策を楽しくするワンポイントをお届け! 今回は2018年に大きな話題となった復元建造物のひとつ、名古屋城の本丸御殿をご紹介します。


名古屋城、本丸御殿
復元された名古屋城本丸御殿。

「復元模写」によりよみがえった障壁画

2018年に大きな話題となった復元建造物のひとつが、名古屋城(愛知県名古屋市)の本丸御殿です。2018年6月8日、9年間の復元工事を終えて、ついに全面が公開されました。名古屋城の本丸御殿は、太平洋戦争の空襲で天守とともに惜しくも焼失。日本を代表する近世書院造りで、二条城二の丸御殿と並び城郭御殿の双璧とされる建物です。

多くの場合、本丸御殿は城主の住まいと政庁を兼ねた場ですが、名古屋城の本丸御殿は、将軍が上洛する際に宿泊する特別な建物でした。元和2年(1616)に城主となった徳川義直は本丸御殿に入ったものの、元和6年(1620)には二の丸御殿に居所を移転。寛永3年(1626)には、2代将軍・秀忠が上洛の折に本丸御殿に滞在しています。寛永11年(1634)に3代将軍・家光のために「上洛殿」が増築されると、本丸御殿は将軍専用の宿泊所となりました。

本丸御殿の見どころのひとつは、障壁画です。将軍家の御用絵師として名を馳せた狩野貞信や狩野探幽ら狩野派の絵師によって、御殿の襖や天井板には異なる題材の絵が部屋ごとに描かれていました。これらの襖絵や天井板絵は空襲の直前に一部が取り外されて戦火を逃れ、そのうち1,047面が重要文化財に指定されています。これらの障壁画や写真資料をもとに化学的分析を駆使し、当時の絵師が使っていた素材や技法を研究して色彩を忠実に再現した「復元模写」により、かつてのきらびやかな空間がよみがえっています。

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上洛殿一之間北東面(提供:名古屋城総合事務所)。

部屋によって、色彩も題材もさまざま

障壁画は、部屋により色彩も題材も異なります。玄関の「竹林豹虎図」に描かれているのは、虎や豹がじゃれ合ったり、竹林をかき分けたりする姿。背景の大部分に金箔があしらわれ、謁見を待つ者を圧倒するような力強さがあります。一方、対面所に描かれているのは、やさしい色合いで庶民の暮らしや各地の風景を表現した「風俗図」です。

上洛殿はとりわけ贅が尽くされ、荘厳な空間が広がります。天井には板絵が飾られ、部屋の境には極彩色の彫刻欄間がはめ込まれる絢爛ぶり。飾り金具も、華やかな彩りを添えています。特に家光の御座所となった上段之間は、息をのむほどの空間。狩野探幽による「雪中梅竹鳥図」「帝鑑図」が見事です。

将軍専用の浴室である湯殿書院に描かれた「扇面流図」「岩波禽鳥図」も印象的。隣接する黒木書院は、清洲城(愛知県清須市)から移築した家康の殿舎とも伝わります。本丸御殿は総檜造りですが、この部屋だけは松材が用いられ、その材木が真っ黒だったことからその名がついたのだとか。襖絵もこの部屋だけは狩野派ではなく、色味を落とした水墨画が描かれています。

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湯殿書院一之間北西面。涼やかな「扇面流図」が描かれている(提供:名古屋城総合事務所)。

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執筆・写真/萩原さちこ
城郭ライター、編集者。執筆業を中心に、メディア・イベント出演、講演など行う。著書に「わくわく城めぐり」(山と渓谷社)、「お城へ行こう!」(岩波書店)、「日本100名城めぐりの旅」(学研プラス)、「戦う城の科学」(SBクリエイティブ)、「江戸城の全貌」(さくら舎)、「城の科学〜個性豊かな天守の「超」技術〜」(講談社)、「地形と立地から読み解く戦国の城」(マイナビ出版)、「続日本100名城めぐりの旅」(学研プラス)など。ほか、新聞や雑誌、WEBサイトでの連載多数。公益財団法人日本城郭協会理事兼学術委員会学術委員。

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