小・中・高校生の「城びとお城部」 【城びとお城部レポート】名護屋城址を見学して(田園調布学園高等部)

部活や授業でお城や歴史について学んだり調べてたりしている全国の小・中・高校生の皆さんが、研究内容や活動内容を発表できる場として「城びとお城部」が発足しました! 今回は、田園調布学園中等部・高等部(東京都)のレポートをご紹介します。田園調布学園高等部は学習体験旅行(修学旅行)で毎年名護屋城佐賀県唐津市を訪れており、事前学習でお城について調べて、旅行後に各自の体験についてまとめた冊子を発行されているそうです。田園調布学園高等部2年生全員の取り組みですが、今回は旅行委員を代表して金子友里愛さんにその様子をレポートしていただきました。旅行を通して、地元ではないお城や歴史について知る取り組み、素晴らしいですね!

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【城びとお城部発足!】お城や歴史を研究している小・中・高校生グループの活動を紹介します!

はじめに

私の通う田園調布学園高等部は、学習体験旅行(修学旅行)で九州を訪ねている。鹿児島県から福岡県まで、 6日間かけて九州を縦断する長旅だ。昨年2022年9月9日から14日までの旅行中、たくさんの方々の講演を聴き、班別研修を通して、さまざまなことを学ぶことができた。最終日に訪れた佐賀県にある名護屋城跡・名護屋城博物館では、 解説のビデオに始まり、学芸員の方や国際交流員の方からお話を伺うことができた。国際交流員のチョン・イェウォンさんは、「日本と韓国の関係はあまりいいものではないが、日本が大好き」とおっしゃっており、私たちともとても楽しくお話することができた。私は名護屋城を訪れるまで、この城跡や日韓関係についてあまり知識もなかったが、この旅行で現地を実際に訪れて感じたことを、まとめていこう。

●田園調布学園高等部の学習体験旅行とは●
1997年に始まった学習体験旅行は「平和・環境・国際関係」の3つのテーマを設定しています。日韓関係の学習のなかで、国語では司馬遼太郎の『故郷忘じがたく候』を扱っています。この作品は慶長の役で朝鮮半島から連れてこられた陶工の話です。旅行では鹿児島で薩摩焼の十五代沈壽官(ちんじゅかん)氏のお話を聴き、佐賀で日本からの出撃の地となった名護屋城跡を訪ねることで、歴史への理解を深めています。

名護屋城
展望台となっている天守台跡からの眺め。壮大な景色をこの目で見て、私もこの景色のような広い心を持ちたいと思った

名護屋城について

名護屋城は、豊臣秀吉(1537~1598)が中国大陸の王朝、明へ攻め込むための出兵の拠点として、九州北部の地に築いた城だ。秀吉が全国を統一した翌年の天正19年(1591)から築城が始まり、諸大名による割普請(わりぶしん。ひとつのものをいくつかに担当を分けて普請すること)によって、わずか1ヶ月あまりで完成させたといわれる。文禄元年(1592)の開戦から秀吉の死によって諸大名が撤退するまでの7年間、朝鮮半島侵攻の拠点の役割を果たした。秀吉自身も1年間ほど直接在陣していたそうで、城の面積は約17ha、当時では大坂城に次ぐ規模を誇る巨大な城であった。周囲には130以上に上る諸大名の陣屋も構築され、全国から20万人を超える人々が集まったとされてる。現在、国の特別史跡に登録されており、平成18年(2006)には日本100名城に選ばれた。佐賀県立名護屋城博物館ホームページ参照)

実際に訪ねてみると…

登城ルートは、大手口→東出丸→三の丸→本丸大手門→本丸・天守台。名護屋城博物館前の駐車場から長い坂を上って、名護屋城の正面玄関に当たる大手口を通って入城した。大手口から続く登城坂をまっすぐに進んでいくと、右手には東出丸跡が広がっており、その風景を眺めることができる。さらに歩みを進めていくと、本丸を守る重要な場所であった三の丸に至る。現在は周りを木々に囲まれた緑いっぱいの景観であるが、ガイドさんの説明のおかげで、城のどのあたりを歩いているのか、どのようなことが行われる場所であったのかな ど、当時の様子を想像しながら歩くことができる。三の丸には標高76mに及ぶ名護屋城最高所に位置する井戸の遺構が残されている。櫓台も巨大で、名護屋城最大規模の二重櫓が建っていたらしい。

名護屋城
左:本丸跡に残された築城初期の石垣の遺構、右:歩いてみると本当に広いと感じた

三の丸から本丸へ入る玄関口である本丸大手門跡を通って天守台・本丸御殿跡を目指す。この本丸大手門は伊達政宗(1567~1636)が仙台の青葉城の大手門として移築したと伝えられている。当時は二層に及ぶ巨大な門が建っており、登城者を威圧する立派なものだったという。

大手門を抜け、見事な石垣の上にある本丸跡・天守台に到着。そこからの景色は壮大な海を一望でき、とても素晴らしいもので、その景色を見てその当時の人々に思いを馳せることができた。それと同時に、豊臣秀吉の朝鮮半島への思いはとても強いものだったのではないかと思った。当日は少し雲があったので私たちは見ることはできなかったが、快晴の日には壱岐と対馬まで眺望することができる。日韓関係の歴史についての講演を聴けたこともあって、これからの日本と周辺諸国との関係が、どのようなものであるべきなのかについても考えることができたように思う。

最後に

名護屋城
天守台跡でガイドさんからの説明を聞きながら眺める生徒たち。各島に就いた当時の人々について知り、豊臣秀吉の大陸への思いを感じることができた

天守台からの景色はとても素晴らしいものだったが、その当時の風景は想像の中でしか感じることができなかったため、名護屋城がどのくらい大きく、どのくらい素晴らしいものであったのか、本来の名護屋城を見たいと心の底から感じた。もう見ることはできないのはとても残念だが、今回訪れて感じたことを忘れず、どこかを訪ね歴史に思いを巡らす際に生かしたい。約430年前の豊臣秀吉の朝鮮出兵の場に立ったことで、現在必ずしも良いとは言えない日韓関係ではあるが、これから少しでも良くしたいと思う。国際交流員さんのように私も韓国が好きなので、私たちにできることはないか考えていきたい。

執筆・写真/金子友里愛さん(田園調布学園高等部 2年)

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