マイお城Life 【直木賞受賞記念!】小説家・今村翔吾さん[後編]中・高時代は解説本を携えてお城めぐり

『塞王の楯』(集英社)で2021年下半期の直木賞を受賞した、作者の今村翔吾さんへの特別インタビュー後編。『塞王の楯』にかける思いや執筆の舞台裏を聞いた前編に続いて、後編では歴史とお城が好きになったきっかけや作家以外の活動など今村さんのパーソナリティに迫ります。


▼インタビュー前編はこちら

今村翔吾、直木賞
『塞王の楯』の著者・今村翔吾氏は、デビュー当初から直木賞受賞を公言していた(撮影=佐賀章広

『真田太平記』が創作活動の原点

『塞王の楯』で直木賞を受賞した今村翔吾さんには、「異色の作家」という形容詞がよくつく。若き日は家業であるダンスインストラクターをしており、専業作家になる前は埋蔵文化財の発掘調査を行っていた。現在は売れっ子作家でありながら、書店のオーナーでもある。

直木賞受賞の連絡を受けたさいには報道陣の前にもかかわらず涙を見せ、そうかと思うと記者会見にはなんと人力車で登場。作家・今村翔吾さんとはどんな人物なのか? インタビュー後編では、彼のパーソナルな部分に迫ってみたい。

——受賞後の記者会見では、池波正太郎氏と同じ37歳で直木賞を受賞するために「今年しかなかった」とおっしゃっていましたが、この『塞王の楯』はそれだけ自信作だったということでしょうか?

(今村)
作家デビューをしてから直木賞獲得をずっと公言していますので、すべて獲るつもりで書いています!(笑)。 じつを言いますと、『塞王の楯』を皮切りに4作連続で勝負作品をぶち込むという作戦を立てていました。4作どれもが直木賞をってもおかしくないという気合いの入った企画で、『塞王の楯』はその先鋒だったわけです。4作とも受賞しなかったらしばらくは獲れないだろうなとも考えていましたので、今回直木賞受賞の報告を聞いたときは安心しましたね。

——今村さんが歴史に興味を抱いたきっかけは何だったのでしょうか?

(今村)
小学校5年生の時に、真田昌幸や幸村ら真田一族の興亡を描いた池波正太郎先生の『真田太平記』全巻セットを買ってもらったのがはじまりです。奈良の古本屋に『真田太平記』が積まれていた光景は、今でも鮮明に覚えています。ただ、それまでは読書なんて課題図書ぐらいしか読んだことがなかったのに、その時なぜ『真田太平記』に惹かれたのかは、僕にとって謎として残っています。『真田太平記』を買ってほしいと頼んだときも、母親から「本当に読むんかいなぁ」と突っ込まれたぐらいですから。

『真田太平記』に惹かれた理由をあえて探るとすれば、僕が“関西人”であることと関係するのでしょう。関西人は昔から家康嫌いですからね。特にうちにはおじいちゃんがいて、カセットテープで講談のセットを持っていました。講談では「真田幸村が太閤さんを助けるために果敢に戦い…」みたいなストーリーが多くて、真田幸村はヒーロー扱いなんです。それに影響されて、「真田」というワードに反応したのかもしれません。

『真田太平記』は40日ぐらいで一気に読みきって、読み終わったその日には町の本屋に走って、池波先生の他の本も買っていました。ハマったっていうやつですね。

中・高時代は解説本を携えてお城めぐり

『真田太平記』を読む以前、NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」を見ていたり、歌舞伎に興味を持っていたり、幼い頃から歴史に触れていたという。ただし、はっきりと歴史に惹かれたのは、やはり『真田太平記』に出会ったことがきっかけだった。そして、『真田太平記』によって、城好きの扉も開けることになる。

(今村)
おそらくはじめて見たお城は小さい頃の姫路城だと思いますけど、自分の意思で最初に行ったのは上田城です。僕が中学1年生のときに、真田の故郷ともいえる上田(長野県)に「池波正太郎真田太平記館」がオープンしたんですね。どうしてもこの太平記館と上田城をセットで行きたかったので、親を説得して、家族旅行の行き先を変更してまで上田に行きました。上田城では尼ヶ淵を見ながら、「ここに千曲川が流れていて、『真田太平記』ではこうだったな」なんて考えながら城を歩いたのを覚えています。

今村翔吾、直木賞
上田城の尼ヶ淵

中学・高校になると、城の本を何冊も抱えてあちこちのお城を訪ねるようになりました。「この積み方は野面積みだな」とか「この箇所は積み方が異なるから時代が違うな」とかやっていましたね。石垣を見ると、僕は必ず触ってみるんです。石垣は人が手で積んでいますから、触ってみて、400年前、500年前の誰かも同じ場所で同じ石垣に手をかけて積んでいたんだと考えると、歴史ロマンを感じますよね。普通の美術品は触れられないですけど、石垣は触れることができる美術工芸品ということで、昔から好きでした。

そうそう、石垣の城ではないのですが、小さい頃に小谷城に連れて行ってもらったときは、母親が「これのどこが城やねん!」ってめっちゃキレていました(笑)。僕は僕で急崖を見上げながら、「ほんまに秀吉はこんなとこ登れたんかな? 講談の中の作り話じゃないの」って思っていました。その後、地元のテレビ局がお城の特集を組むということでインタビューを受けたのですが、「何かやってみたいことありますか?」って聞かれたので、「屈強な大学生たちに甲冑を着せて、京極丸(小谷城の曲輪)を攻めさせてほしい」と答えたのを覚えています。
 
今村翔吾、塞王の楯
ダンスインストラクター時代は教え子を連れて城巡りをしており、熊本城が1番人気だったという

作家活動と埋蔵文化財調査の二足の草鞋

そんな城好き少年でもあった今村氏は、成長すると歴史作家になることを夢見ながら、家族が経営するダンススクールの講師をしていた。本格的に小説執筆に取り組みはじめたのは30歳のとき。すぐに生活が成り立つほど甘い世界ではなく、はじめは作家と埋蔵文化財の調査員との二足の草鞋だったという。

——発掘調査に携わったのはどんなきっかけだったんですか?

(今村)
じつは若い頃から発掘調査のバイトはしていたんです。おじいちゃんとかに交じって。それで作家活動をはじめたときに、昼に働いて定時にあがれて、夜は執筆に専念できる仕事は何だろうと考えたときに、発掘調査員がベストだろうということで再び仕事に就きました。

派遣されたのは滋賀県守山市の下之郷遺跡です。何重もの濠で囲まれた弥生時代の環濠集落跡ですね。僕は測量もできましたから重宝されましたよ。矢尻とか大量に発掘されて、あれはあれでおもしろい仕事でしたね。

——発掘調査の経験で小説執筆に役立っていることはありますか?

(今村)
いろいろあります。例えば『塞王の楯』で言うと鎌で土を掻く描写がありますが、あれって調査員のとき全員やらされることなんです。やらなくちゃ土が崩れますし、やっとけば雨が降っても崩れないんで、重要な作業なんですよ。「土は噓をつかない」みたいなことも『塞王の楯』で書きましたが、土を掘ると土器や礫が出土したり、氾濫があったことがわかったり、地層から時代が見えてくる。大津も守山も同じ滋賀県の土ですので、そこを発掘調査して地層がわかっているというのは、間違いなく『塞王の楯』で役に立っている部分ですね。

本屋の灯火を消さないために

今村さんは作家の顔とは別に、書店オーナーとしての顔も持っている。後を継ぐ人がおらず、閉店を考えていた「きのしたブックセンター」(大阪府箕面市)を買い取り、2021年11月にリニューアルオープンしたのだ。なぜ今、書店に手を差し伸べたのだろうか?

(今村)
僕自身、本屋で池波先生の『真田太平記』に出会ったことが、作家になるきっかけになりました。これまで、書店は地域の中に当たり前にありすぎて、なくなるまでそのありがたさに気づかないものなんです。なくなってはじめて、「もっと行っておけばよかった」という声があがる。東日本で販売終了したお菓子の「カール」といっしょですね(笑)。

本屋はなくなってはいけない「街のインフラ」だと思います。だから、日常にとけ込んでいるほうがいい。一方で、街の本屋が次々となくなっている現状の中で、僕らは本屋の良さをアピールしていかないといけないし、街の人たちにもっと知ってもらいたい。日常にとけんでいることとアピールしていくことは矛盾しているのかもしれませんが、きのしたブックセンターではそれが両立できるようやっていきたいです。

——サイン会や講演会も積極的に開催していますよね。

(今村)
やってはいますが、やりすぎないように注意してもいます。やりすぎるとそれが当たり前になって、イベントのときにしか来てもらえない店になっちゃう。だからイベントをやるにしても、「これをきっかけにこういう本を読んだらどうですか」というように、ちゃんと本へと落とし込んでいくことを大切にしています。イベントをやることと日常生活の中に本屋があることのバランスをどう保っていくか、難しいところですね。

本屋を盛り上げていくアイデアはいろいろありますけど、そのひとつにオリジナルのブックカバーをつくる試みを行っています。これはうちだけではなくて多くの街の本屋さんにも参加してもらって、僕も含めた新進気鋭の作家さんたちに小説を書いてもらい、そのブックカバーを各書店で展開していくような企画を進めているところです。

あと、書棚づくりも工夫していきたいです。作家が選ぶコーナーとか専門家が選ぶコーナーというのは見かけますが、僕は編集者の目を信用しているので、「編集者が選ぶ●●」みたいな企画を考えています。そうしたコーナーを、きのしたブックセンター以外の他店でも展開していけるとおもしろいですね。本との出会いを大切にして、日常の中に本を落とし込んでいく、そんなことができる本屋を目指して、これからもがんばっていきます!

——もし「お城コーナー」をつくることがありましたら、ぜひ城びと編集部にお問い合わせください(笑)。本日はお忙しいところ、ありがとうございました!

塞王の楯
今村翔吾・著『塞王の楯』/集英社

[書 名]塞王の楯
[著 者]今村翔吾
[版 元]集英社
[刊 行]2021年10月
『塞王の楯』特設サイト https://lp.shueisha.co.jp/tatexhoko/

<プロフィール>
今村翔吾(いまむらしょうご)
1984年京都府生まれ。滋賀県在住。ダンスインストラクター、作曲家、埋蔵文化財調査員を経て、2017年作家デビュー。
主な作品と受賞歴に短編「蹴れ、彦五郎」(伊豆文学賞)、短編「狐の城」(九州さが大衆文学賞大賞・笹沢左保賞)、『童神』(角川春樹小説賞)、『八本目の槍』(吉川英治文学新人賞、野村胡堂文学賞)、『じんかん』(山田風太郎賞)、『塞王の楯』(直木賞)など。ほかに「羽州ぼろ鳶組」シリーズ(吉川英治文庫賞受賞)、「くらまし屋稼業」シリーズがある。2021年に大阪府箕面市の書店「きのしたブックセンター」に出資しオーナーとなる。

執筆:かみゆ歴史編集部(滝沢弘康)
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。手がける主なジャンルは日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなど歴史全般。城関係の主なの編集制作物に『よくわかる日本の城 日本城郭検定公式参考書』(ワン・パブリッシング)、『日本の山城を歩く』(山川出版社)、『廃城をゆくベスト100名城』(イカロス出版)などがある。

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