お城ライブラリー vol.31 山崎貴監督 映画『BALLAD 名もなき恋のうた』

お城の解説本や小説はもちろん、マンガから映画まで、お城に関連するメディアを幅広くピックアップする「お城ライブラリー」。第31回は、戦国時代の切ないラブストーリーを描いた『BALLAD 名もなき恋のうた。内容やキャストも豪華だが、時代背景を踏まえた城のビジュアルがすごい。緻密な時代考証により蘇った“中世城郭”をごらんあれ!

正確な時代考証でリアルな戦国時代を味わえる

本作『BALLAD 名もなき恋のうた』は、かつて日本中の涙を誘った『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ! 戦国大合戦』(2002年公開)を実写化した映画だ。時は天正2年(1574)、戦国時代さなかの春日という小国で繰り広げられる切ない恋の物語を描く。

主人公は“鬼の井尻”と恐れられる春日の国の侍・井尻又兵衛(草なぎ剛)。又兵衛は命をかけて春日の国の姫・廉(新垣結衣)を守り続けてきた。二人は互いに想い合っていたが、それは身分が分かつ許されぬ恋だった。そこに突然、未来からタイムスリップした一人の少年・川上真一(武井証)が現れる。身分や家柄で結婚相手が決まってしまう戦国時代と自由に恋愛ができる現代。未来から来た真一の出現によって又兵衛と廉姫の恋は揺れ動いていくことになる。迫力の合戦シーンと、心揺さぶられる展開が織り込まれた作品だ。

しかし、内容よりもここで注目させて頂きたいのは正確で深い時代考証だ。本作の時代考証を担当したのは、近年も大河ドラマ『麒麟がくる』『青天を衝け』をはじめ数々のメディアで建築考証を務める建築学者・三浦正幸氏。本作では、三浦氏による緻密な時代考証のもと、『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズを手がけた山崎貴監督によってVFX(ビジュアル・エフェクツ)で当時の城や合戦のシーンが再現された。

“城”と聞くと、石垣と天守が建ついわゆる“近世城郭”を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。しかしご存知の通り“近世城郭”は天下人・織田信長が天正4年(1576)に築城した安土城(滋賀県)からはじまったもので、その後権威の象徴として多くの武将が建設したことで全国に広まった。

本作の舞台は信長が安土城の築城を開始する2年前の天正2年。この頃はまだ山などの地形を利用してつくられた土の城である“中世城郭”が一般的だった。本作では、その時代背景がしっかりと踏まえられている。舞台となる春日城の遠景が映し出される場面では、“中世城郭”がVFXで忠実に再現されていた。山頂の本丸部分に櫓が建ち、山の斜面には地形を利用してつくられた曲輪が点々と並び、そのまわりを山を掘ってつくられた空堀と土塁が囲んでいる。

また、春日城のメインとなる門に構えられた堀の底は、よく見ると一定の間隔で仕切られている。これは山中城(静岡県)などに見られる「堀障子」と呼ばれる堀で、堀底の敵の動きを封じ込めることができるものだ。

しかし当時の山城をスクリーンに完全に落とし込むのはなかなか難しかったはずだ。本作では複数の都県をまたがって撮影し、VFXで一つにまとめるという方法が取られたという。東宝スタジオのセットをはじめ、屋敷は山梨県の風林火山館、城門付近は石川県の鳥越城、堀付近は千葉県鴨川市のオープンセット、敵方の本陣は熊本県の阿蘇など、7都県にまたいで撮影が行われたのだとか。
 
また、合戦シーンもリアルだ。戦国時代、戦ではまず長槍隊が槍で戦うというのが一般的。あんなに長い槍を持っていたら、敵を串刺しにしたくなりそうだが、槍は突くのではなく、叩いて戦うのが正しい。本作でも、又兵衛が敵の本陣を攻めるシーンで、長槍隊が先陣で戦うが、こちらもしっかり長槍で敵を叩いていた。
 
もちろん、新垣結衣さん演じる姫の美しさや、草なぎ剛さんの男前な武将姿を楽しみ、二人の悲恋に涙を流すのも良い。しかし歴史的な目線から本作を見つめ直すと、そこにも作り手のこだわりが隠れていることが分かる。

BALLAD 名もなき恋のうた
[監 督]山崎貴
[題 名]BALLAD 名もなき恋のうた
[発売元]NBCユニバーサル・エンターテイメント
[販売元]NBCユニバーサル・エンターテイメント
[制作年]2009年
[価格]DVD :4,180円(税込)Blu-ray:5,170円(税込)
[発売日]DVD&Blu-ray発売中





執筆/かみゆ歴史編集部(深草あかね)
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。全国各地に存在する模擬天守・天守風建物を紹介する『あやしい天守閣べスト100城+α』(イカロス出版)、『歴史を深ぼり! 日本史を動かした50チーム』(JTBパブリッシング)が好評発売中。

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