お城ライブラリー vol.26 秋月達郎著『火螢の城』

お城の解説本や小説はもちろん、マンガから映画まで、お城に関連するメディアを幅広くピックアップする「お城ライブラリー」。今回は、関原の戦いの前哨戦である「大津城の戦い」を描いた、秋月達郎の歴史小説『火螢の城』をご紹介します。決して堅城とは言えない大津城に籠もった、わずか3千の小勢は、いかにして西軍の精鋭4万を食い止めたのか?その一部始終を追う物語です。

なぜ、脆弱な城主と水城が数倍の軍勢を防ぎ得たのか?

関ヶ原の戦いの折、西軍の真田昌幸が徳川軍主力を足止めし、関ヶ原本戦に遅参させたのは有名な話である。しかし、東軍の側にも、西軍の精鋭を自城に引き付け、家康に激賞された武将がいた。今回紹介する『火螢の城』は、そんな抜群の武功をあげながら、なぜか影の薄い戦国大名・京極高次(きょうごくたかつぐ)を主役とした物語である。

主人公・高次が生まれた京極家は、近江源氏の名門だが、戦国時代には領地を追われ、織田信長の家臣になっていた。やがて近江が織田領になると、旧領主筋である高次は、在地勢力を慰撫するため、近江奥島に5千石で封じられることになる。信長の死後、羽柴秀吉も高次に利用価値を見出し、近江大津6万石を与えて大名とした。秀吉は信長以上に高次を厚遇したが、これは彼の妹(姉とも)が秀吉の側室、妻が淀の方の妹・初という、豊臣家との深い縁戚関係による。そのため、高次は「女の“尻の光”で出世した」と蔑まれ、本作のタイトルの所以である「螢大名」と呼ばれたのである。

本作では、そんな高次のことを、風格はあるが知勇に欠ける、見かけ倒しの人物として描いている。彼は家康から自分に味方するよう要請されるが、敵中に孤立することを恐れて西軍に付く。だが家康と戦うのも恐ろしく、日和見的な態度を取り続け、西軍内でも浮いた存在になってしまうのである。深謀遠慮があるわけではなく、ひたすら優柔不断な男なのだ。

見かけ倒しと言えば、高次が領する大津城(滋賀県)も主によく似ている。この城は、本丸が琵琶湖に突出し、その本丸を守るように、奥二ノ丸・二ノ丸・三ノ丸を配置した、梯郭式の水城だった。三重の水堀で守られ、一見すると堅城のようだが、周囲より低い位置にあり、付近の高地から砲撃されればひとたまりもなかった。作中でも「水運の拠点に過ぎない」という評価を受けている。

だが、どんな男にも譲れない一線というものはある。高次は、自分の留守中に、大津城に勝手に兵を入れようとする石田三成に反発。一念発起して東軍に寝返り、大津城に3千の手勢とともに籠城したのである。そのため、大津城は立花宗茂(たちばなむねしげ)らが率いる西軍の精鋭4万から攻撃を受け、前述の弱点を看破した宗茂に本丸を砲撃されたうえ、水上からも包囲されてしまう。だが、京極家の将兵は7日にわたって頑強に抵抗。激戦の末、最後には降伏するが、その日は慶長5年(1600)9月15日、関ヶ原の戦い当日だった。京極勢は数倍の兵力差の敵を足止めし、戦略的には大勝利したのである。

立花宗茂ら攻め手の諸将に比べ、武将として明らかに劣る高次が、なぜここまでやれたのか。この当然の疑問に関しては、作中で関ヶ原本戦後の家康が答えてくれている。その内容はいくぶん抽象的であり、反論したい点も多々あるが、家康の勝因、三成の敗因、そして、この物語で高次が大健闘できた理由について、真実の一端を突いているように思える。
 
ちなみに、本作中では描かれていないが、高次は関ヶ原直後に若狭国へ加増転封され、この地に新たな居城・小浜城(福井県)を築いている。この城は三角州上に築かれた輪郭式の平城で、四方を海と川と湿地に守られた堅城だったが、三角州上への築城は大変な難工事で、小大名に過ぎない京極家に大きな負担を強いた。高次は大津城の戦いで本丸にまで迫られたことがトラウマになり、採算度外視で堅固な城を求めたのかもしれない。

なお、大津城はこの戦いで受けた損害が大きく、高次の転封直後に廃城になり、解体されている。損害の少なかった天守は、付近の彦根城(滋賀県)に移築されたという伝承があるが、城跡には往時を忍ばせるものは何も残っていない。だが、その伝説的な籠城戦の歴史は、「火蛍の城」が最後に放った輝きとして、これからも長く語り続けられていくことだろう。

秋月達郎、火螢の城
[著 者]秋月達郎
[書 名]火螢の城
[版 元]PHP研究所
[刊行日]2015年


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執筆者/かみゆ歴史編集部(荒井太一)
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。手がける主なジャンルは日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなど歴史全般。主な城関連の編集制作物に『日本の山城100名城』『「山城歩き」徹底ガイド』(ともに洋泉社)、『よくわかる日本の城 日本城郭検定公式参考書』『完全詳解 山城ガイド』(ともに学研プラス)、『図解でわかる 日本の名城』(ぴあ株式会社)、『カラー図解 城の攻め方・つくり方』(宝島社)、『隠れた名城 日本の山城を歩く』(山川出版社)、「廃城をゆく」シリーズ(イカロス出版)など。

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