【続日本100名城・高田城】新潟が誇る桜の名所!珍しい土造りの近世城郭

太陽が昇るように輝いていたことから、別名「高陽(こうよう)城」とも呼ばれた華やかな城! 高田城(新潟県)は、平城の近世城郭としては珍しい土造りである点が特徴です。平成5年(1993)に復元された三重櫓がシンボル。春には、満開の桜と城のコラボレーションが堪能できる“映える”人気スポットになります。幕府に重要視されていた越後の拠点とは、一体どのような城だったのでしょうか?

60万石の拠点「高田城」の誕生

高田城、三重櫓
本丸隅に建つ高田城のシンボル、三重櫓

戦国時代の越後の覇者・上杉氏に代わって、この地を治めたのは堀秀治です。春日山城(新潟県)を廃し北東7kmの位置に新たな拠点となる「福島城」を築きますが、内紛がおきすぐに領地を没収されました。慶長15年(1610)、替わって入封したのが徳川家康の6男・松平忠輝。19歳の若さで、村上・新発田を除く上越と信濃の川中島を治める、あわせて60万石(45万石、75万石と説あり)の大大名が誕生したのです!

忠輝は、堀氏が築いたばかりの福島城を廃して、高田城の築城を開始。世の中は豊臣政権から徳川政権へと移り行く転換期にあたり、高田城は、反徳川勢力となる加賀・前田家や出羽・上杉家の抑えとなる役を担いました。

築城期間わずか4カ月の巨大城郭

慶長19年(1514)3月15日に築城を開始した高田城は、4カ月という短い期間でおおむね完成しました(※)。幕府が諸大名に築城を命じた「天下普請」によって工事が行われ、担当したのは、伊達家の仙台藩、南部家の盛岡藩、蒲生家の会津藩など東北の外様大名を中心とした13家です。

※忠輝が入城した後も外郭の工事は行われていたようです。築城開始から50年ほど経った松平光長の代にも城と城下町の整備が実施されています。

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高田城

忠輝が改易させられた後は、徳川四天王の一家・酒井家次や、松平忠昌、松平光長といった徳川一門の家柄が続き、光長の後は稲葉家、戸田家、久松松平家などの幕府の老中職クラスの大名が入封。そして、江戸時代後半には徳川四天王の一家・榊原家が約130年にわたり高田を治め、明治を迎えました。

藩主には親藩・譜代の信頼できる大名を置いていることから、幕府にとって重要な拠点であったことがわかります!

藩政の中心となった本丸

高田城、看板
城内の看板を撮影したもの。1600年代後半の高田城をイメージ再現している

高田城、土塁
本丸を囲む土塁。看板と比べるとその高さがわかる

高田城の本丸は南北228m×東西215mほどの大きさで、藩主の政治・生活の場である御殿が建っていました。本丸へと入る出入口は全部で3カ所あり、南門と東門は大きな内枡形虎口となっていたようですが、現在その面影はありません。

築城に急を要していた高田城は天守がなく、また石垣もない、平城の近世城郭では珍しい「土造りの城」でした! 石垣がなくても、本丸には高さ10mにもなるガッチリとした土塁に囲まれた堅固な城です。現在は、本丸の中に上越教育大学付属中学校が建っているため、見学する際は敷地内に立ち入らないよう十分に注意してください。

高田城の見どころ「極楽橋」と「三重櫓」

高田城、極楽橋
本丸と二ノ丸を繋ぐ、内堀に掛けられた極楽橋。橋を渡ると本城御門(南門)に到着する

高田城、本城御門
本城御門付近には、極楽橋の橋台に使用されていたといわれる石が公開展示されている

本丸の正門は、極楽橋を渡った先にある本城御門(南門)です。極楽橋は、明治41年(1908)に土橋に切り替えられましたが、往時の姿を復元するため木造(一部鉄筋コンクリート造)で再建されました。橋の長さは約38m、幅は5.4mとロングサイズ! 発掘調査では、水堀の底から6〜7本の束になった木杭が3列ずつ一定間隔に並んでいたことが確認されています。

高田城、三重櫓
三重櫓の柱間は初重が6間、二重が4間、三重が3間ほどの規模だったことが記録から確認できている

存在しない天守の代わりとなった三重櫓(御三階櫓)は、寛永元年(1624)〜延宝9年(1681)に藩主を務めた松平光長によって建てられました。高さは14.5m、望楼型の建物です。

明治3年(1870)に取り壊されましたが、規模は「高田城図間尺」を、外観は「高田城図」を参考にし、平成5年(1993)に復元されています。櫓台となる石垣の上ではなく土塁上に直接建てられている点が特徴的です! 

圧巻の規模!外郭の水堀

高田城、外濠
蓮が植えられた外濠。幕末頃、藩の財政を救うために蓮根を植えたのがはじまり。7月中旬~8月中旬には花が見頃を迎える(写真提供:上越市 産業観光交流部 観光交流推進課)

二ノ丸の一部、八幡丸、三ノ丸は高田城址公園となっており、市立歴史博物館や陸上競技場など上越市の施設が建っています。

高田城といえば、周囲約4kmに及ぶ外郭(西堀)の水堀も見逃せません。古地図によると、その堀幅は最も広い部分で130m! とにかく大きいです。


「日本三大夜城」で観桜を楽しもう

高田城、日本三大夜城
(写真提供:上越市 産業観光交流部 観光交流推進課)

高田名物といえば、なんといっても約4,000本にも及ぶこの圧巻の桜! 高田城は大阪城、高知城と並ぶ「日本三大夜城」の名所です。在郷軍人会によって明治42年(1909)に2,200本の桜が植えられたことからはじまり、とくに夜のライトアップはロマンチックな空間へと一変します。

高田城、夜桜
(写真提供:上越市 産業観光交流部 観光交流推進課)

2020年に95回目(2020年はイベント等中止に)となる長い歴史をもつ「高田城百万人観桜会(現在の名称は「高田城址公園観桜会」)」では、約3,000個にもなるぼんぼりの光に照らされた夜桜とともに、特別なひとときを味わうことができますよ。

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秋の紅葉や冬の雪景色もまた美しい! 季節と歴史を一緒に満喫できる高田城に、足をお運びください。

<高田城の基本情報>
住所:新潟県上越市本城町 6-1
電話番号:025-545-9269(上越市教育委員会 文化行政課)

【三重櫓】
開館時間:9:00~17:00
休館日:毎週月曜日(祝日の場合は翌日)、祝日の翌日、12/29~1/3。1月~2月の期間中は月曜日~木曜日。その他臨時休館あり。

アクセス:トキ鉄・妙高はねうまライン「高田駅」より徒歩30分

いなもとかおり
 執筆・写真/いなもと かおり
 お城マニア&観光ライター
 31歳になる城マニア。國學院大學文学部史学科古代史専攻卒。19歳の時に、会津若松城に一目惚れしてから城の虜となる。訪城数は600ほど。国内旅行業務取扱管理者、日本城郭検定1級、温泉ソムリエ、夜景鑑賞士2級の資格をもつ。城めぐりの楽しみ方を伝えるべく、テレビやラジオにも出演中。

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