川越城は初めて来た121208から3度近くを歩いているが、初めて来た時に七福神巡りをするついでに城址の付近を通り、翌年川越城本丸御殿に入ったが、川越城はもともと扇谷上杉持朝が、古河公方・足利成氏に対抗するため、江戸城とともに築城させたもので、戦国時代には北条綱成が進出して来た。小田原征伐で前田利家に攻め落とされた。しかし北条氏の時代のものがどの程度残っているか中々わからない。たぶん徳川時代(家康が国替えで江戸入りした後)の日本100名城の川越城となる。
① 121208のもので、Facebookのオフ会で散策することになって、少し早めに来て七福神を廻った。左:川越城本丸御殿横の富士見櫓跡、右上:中ノ門堀跡、右下:メンバーには川越駅で合流の筈が、七福神を巡り切れず、時の鐘で再び会うことにしたが、地元の遠藤先生の気配りで古民家の見学と川越山車を見学できた
② 左:翌年には、川越城本丸御殿に入場して、左下:地図も見つけたけど、右上:現在の地図と化され合わせたものを見つけたけど、大手門って川越小の西側ですね、右下左:川越高の校庭ですが、三ノ丸から八幡曲輪になっていたようですね、
③ その後何度か来てますが、ポイントは、上左:大正浪漫通りのいせやさんはかんぴょう巻が、上右:平蔵さんは秋田名産品が売りで#遠藤先生の奥様が店主、下左:時の鐘の側のいも恋、下右:蔵里ではCOEDOビールとお酒の丸打ち(≒角打ち)が楽しめます#立ち飲み
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