お城ライブラリー vol.3 高橋克彦著『天を衝く』

お城のガイドや解説本はもちろん、小説から写真集まで、お城に関連する書籍を幅広くピックアップする「お城ライブラリー」。今回は、大河ドラマ「炎立つ」「北条時宗」の原作者・高橋克彦が、天下人に抗った九戸政実の生き様を描いた『天を衝く』を紹介します。



筆者が7年間九戸政実と向き合って書き上げた渾身の作

ミステリーや歴史小説など幅広いジャンルを手がけ、大河ドラマ『炎立つ』や『北条時宗』の原作者でもある高橋克彦が、豊臣秀吉の天下統一最後の戦いとして知られる九戸政実の乱を敗者の視点から描いた長編小説。蝦夷の指導者・アテルイを主人公とした『火怨』、前九年の役から奥州藤原氏滅亡までを描いた『炎立つ』と並び、陸奥三部作の一つに数えられている。

織田信長が天下布武に邁進していた頃、「三日月の丸くなるまで南部領」とその栄華を讃えられた南部一族は内紛に揺れていた。南部一族の実力者・九戸政実(くのへまさざね)は、老いた当主に見切りをつけ、迫り来る中央勢力に対抗すべく画策をはじめる。しかし、政実が南部家の実権を握るより前に天下は秀吉のもとに統一され、南部氏も秀吉に従うこととなった。政実の意地が行動に表れるのはここからである。強引な政策で奥州支配を進める豊臣氏に対して不満を持った諸将をまとめ上げ、ついに政実は秀吉に対して兵をあげる。迫り来る豊臣軍は10万、対して味方は5千。戦力差は絶望的だが、二戸城(現在の九戸城)に籠もった政実は不敵な笑みを浮かべていた−−。

『天を衝く』では、冒頭から攻城戦や籠城戦が多く描かれている。永禄10年(1567)の秋、南部晴政は安東愛季(あんどうちかすえ)に長牛城を奪われ、一族に出兵を要請。しかし、政実は愛季が籠城の準備を整えていることを見越して「可愛い部下を愚かな戦で死なせたくはない」と突っぱねてしまう。だが、冬が明けると政実は長牛城攻めの先陣として出陣し、たった1日で城を落としてしまうのだ。堅固な城が政実の策によって鮮やかに落城していく様は、まさに痛快無比。策の内容や兵らの様子も丁寧に描写されているため、あたかも合戦に加わっているような臨場感が味わえる。

史実での九戸政実の乱の結末は、城兵皆殺しという悲惨なものだった。しかし、小説内では籠城戦の悲惨さや豊臣軍の非道さは控えめに書かれている。これについて著者はあとがきで、「ことさら涙を誘うような粉飾や、恨み言はおれには似合わない。九戸政実は確かに私にそう言った」と述べている。高橋克彦は九戸政実と会話しながら執筆を進め、いつしか政実の代弁者となっていたのだ。

冒頭の1行目から最後の1文字まで、九戸政実という男の生き様が詰め込まれた1冊である。

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[著 者]高橋克彦
[書 名]天を衝く
[巻 数]全3巻
[版 元]講談社
[刊行日]2004年



執筆者/かみゆ歴史編集部(小関裕香子)
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。手がける主なジャンルは日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなど歴史全般。主な城関連の編集制作物に『日本の山城100名城』『超入門「山城」の見方・歩き方』(ともに洋泉社)、『よくわかる日本の城 日本城郭検定公式参考書』『完全詳解 山城ガイド』(ともに学研プラス)、『戦国最強の城』(プレジデント社)、『カラー図解 城の攻め方・つくり方』(宝島社)、「廃城をゆく」シリーズ(イカロス出版)など。

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