2020/09/29
お城ライブラリー vol.27 伊東潤著『もっこすの城 熊本築城始末』
震災復興への想いから生まれた 熊本城築城の物語
お城ファンにとって伊東潤氏は、第19回で紹介した『城を噛ませた男』(光文社)でも舞台になっているように、東国の戦国時代というイメージが強いかもしれない。しかし、「本屋が選ぶ時代小説大賞」を受賞した『黒南風(くろはえ)の海』(PHP研究所)では、熊本城主・加藤清正に仕えた沙也可(佐屋嘉兵衛)や金宦を主人公とした物語を書いているように、伊東氏は熊本に深い思い入れをもってきた。本作の舞台が熊本に設定されたのは、地震の被害を受けた熊本の人たちを少しでも元気づけたいという想いを強くもっていたためだという。余談だが、『黒南風の海』の主人公の沙也可と金宦は、本作『もっこすの城
熊本築城始末』(以下『もっこすの城』)にも登場しているので、あわせて読んでみてほしい。
尚、伊東氏は今回の「もっこすの城」執筆・刊行にあたり、次のように熊本への想いを語ってくれた。
「本作はどんな苦難に突き当たろうと、
主人公たちはそれらを乗り越え、
熊本城を完成させるというストーリーです。
本作が被災者の皆さんの心に届けば、
作者としてこれ以上の喜びはありません。
皆さんの愛する熊本城の復興を心から祈念しています」
不可能に挑み成長していく城取りの生涯
主人公・木村藤九郎秀範は肥後隈本(熊本)領主・加藤清正に仕える城取り。父から城造りの秘伝書を受け継いでおり、その知識によって隈本入り早々に城下の治水や要害造りの責任者に抜擢される。これらを成功させた藤九郎に命じられたのは、「天下一の城」を築くこと。その後、肥前名護屋城の割普請、倭城の建築などを経て、城取りとして成長した藤九郎は、慶長4年(1599)春、ついに最強の堅城・熊本城の築城に挑むことになる、というのが本作の筋書きだ。
藤九郎の職業である城取りとは、城の縄張や普請・作事の指揮を行う者のことだ。通常、築城者として記録されるのは城を造らせた大名や奉行に任じられた重臣のみ。藤九郎の父・次郎左衛門忠範(高重)は、『信長公記』に名が残る実在の城取りだが、こうした例は少ないのだ。本作の舞台である熊本城も加藤清正の名が築城者として残るのみで、実際に普請や作事を差配した人物についてはほとんど分かっていない。『もっこすの城』は、こうした歴史に刻まれることなく消えていった無名の職人たちに焦点をあてた作品なのである。
城取りを主人公とする小説だけあって、本作は丁寧かつ臨場感あふれる築城描写が見どころだ。例えば、文禄・慶長の役で命じられた西生浦城(ソセンポじょう)の築城は、城地の選定(選地)からはじまり、縄張、石切場探し、石垣普請、作事が順を追って描かれている。これまでにも築城を扱った小説は多数世に出ているが、城が完成するまでの過程をこれほど丁寧に描いた作品は他に例がないだろう。算木積や望楼型天守などの城用語も簡潔かつ分かりやすく説明されているので、お城初心者もテンポ良く読み進めることができる。
また、現実では大規模な建設プロジェクトには工期の遅れや計画変更などのトラブルが付きものだが、物語の中でも様々な困難が藤九郎に降りかかる。前述の西生浦城では、4カ月で7000人以上が駐屯できる石垣の城を造るよう命じられ、クライマックスの熊本城でも当初3年計画だった工期を8カ月に短縮されるなど不可能に近い要求を突きつけられている。しかも、築城が失敗すれば藤九郎はすべての責任を取って切腹しなければならないのだ。普通なら、逃げ出したくなる過酷な状況だが、藤九郎は「命の一つくらいくれてやる!」という覚悟で築城に挑んで行く。そして、弟の藤十郎や弟子の又四郎といった仲間たちと助け合いながら試練を乗り越え、やがて家中の誰もが認める城取りへと成長していくのだ。その姿は、現代のビジネスマンにも通じるところがあり、社会の荒波に揉まれる私たちを勇気づけてくれる。
最後に、物語の舞台である熊本城は、2016年4月の熊本地震で大きな被害を受けた。城では現在も懸命な復興工事が進められており、2020年6月には天守や石垣を間近で見られる「特別見学通路」が公開された。2021年春には大天守が復活する予定とのことなので、本書の読了後はぜひ熊本を訪れて名もなき城取りたちの物語に思いを馳せてみてほしい。