ナワバリスト西股さんと行く! ビギナー女子の山城歩き STEP3【新府城の壱】桃源郷でお花見と山城歩きを同時に楽しむ!

山城ってどういうところを見ると面白いの? そんな山城初心者の方のために〝ナワバリスト〟西股総生先生と実際に山城を歩きながら学ぶ「ビギナー女子の山城歩き」。今回は、武田勝頼が築城した新府城(山梨県韮崎市)を歩きます。桃源郷でお花見と山城を満喫♪



新府城、桃畑、出構え
 新府城北側の出構えから桃畑を望む。4月は桃の花の見ごろだ

大河ドラマ『真田丸』の舞台にもなった武田氏最後の居城

——春といえば花がほころぶ季節。今回は桃や桜の名所で知られる新府城へ行くことに。スタート地点のJR新府駅はトイレや自動販売機はもちろん、改札口さえない無人駅。農村風景が延々と続く道を、看板の指示に従って進む一行であった。

伊達レン:以下、伊達)
「初めまして、漫画家の伊達です。今回は私が大好きな武田勝頼公の居城に行くと聞いて駆けつけました!(笑)」

(中村蒐:以下、中村)
「伊達さんは一昨年の大河ドラマ『真田丸』を見て勝頼ファンになったんですよね。西股さんはその『真田丸』の戦国軍事考証を担当したんですよ!」

(伊達)
「そうなんですか!?どうしよう、すごい緊張してきました…!」

(西股総生:以下、西股)
「そんなに身構えなくて大丈夫ですよ(笑)。今回の新府城は『真田丸』の舞台になった場所もあるので、ぜひ楽しみながら歩いて下さい」

新府城、新府駅
 新府城はJR新府駅から徒歩約10分程度。駅周辺にはコンビニやスーパーがないので、食べ物・飲み物は近くの甲府駅で買うなど、持ち込みがオススメ

新府城、
 城へ向かう道には200メートル間隔くらいで看板が立っているので、地図がなくても迷わず到着できるだろう。だが、この鳥居がある分かれ道では左の近道ではなく、あえて右に進んで欲しい。と言うのも…

(中村)
「あれ?看板は左を指しているのに、なぜ右に進むんですか?」

(西股)
「それはこの右の道が新府城歩きの重要なポイントだからです。さて、勝頼ファンと言うことは、伊達さんは新府城がどんな場所かはもう知ってるかな?」

(伊達)
「もちろんです!長篠の戦いで織田軍に負けた勝頼公が、甲府の躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)から移した武田の新拠点です。でもなんで信玄が築城した立派な館があるのに、わざわざ移動させたんだろう?」

(西股)
「一つは勝頼がもともと諏訪・高遠を領地としていたためというのがあります。そしてもう一つは城のすぐ東隣を信州脇往還が通っており、交通の要所だったからです」

(中村)
「もしや、この右の道が信州脇往還ですか?」

西股)
「その通り。この細い道がかつての信州脇往還、つまり勝頼が使用した道です。せっかくですから、戦国時代の旧道を使って向かいましょう」

(伊達)
「こ、この道を勝頼公が通ったんですか!?うわーテンション上がるなあ!」

新府城の北面を守る「切岸」とは?

——旧道を真っ直ぐ進むと新府城の駐車場に到着。4月はちょうど桃の花が見ごろを迎え、平日にも関わらず、駐車場は花見客の車でいっぱいになっていた。

新府城、登城口、桃
登城口へ向かう道には桃の木が無数に植わっている。この写真の左側に新府城があり、城の中からも桃を楽しめる

(中村)
「うわー、すごい!一面ピンクじゃないですか!さすが桃の名産地!」

(西股)
「桃だけでなく、城の主郭ではソメイヨシノやヤマザクラも見られますよ」

(伊達)
「お花見だけでも十分楽しめますね!城からの眺めが楽しみだなあ」

(中村)
「それにしてもあそこの出っ張りはすごいですね!何のために造られたんだろう」

(西股)
「あれは『出構(でがま)え』という設備で、敵兵を射撃するための場所だと考えられています」

(中村)
「そうなんですか。その割には堀も土塁もなくてむき出しですが、大丈夫でしょうか?」

(西股)
「出構えの手前、城の北側は湿地で攻めにくかったんですよ。他にも工夫があるので、また後で観察しましょう」

新府城、出構え
城の北側には出構えが2ヵ所ある。手前の原っぱは湿地なので雨が降ったらぬかるみ、歩きにくくなる

(西股)
「伊達さん、城の斜面って少し急だなとか思いません?実はこれ、人工的に土を盛って造られた斜面なんですよ」

(伊達)
「えー!ずっと自然のものだと思ってました!」

(西股)
「あのような人工の急斜面を『切岸(きりぎし)』と言って、山城を見る時のポイントの1つです」

新府城、切岸、急斜面
 この写真の右側にある壁が切岸。草が生えてわかりにくいが、急斜面でとても登れそうにない。その手前には堀がある

西股先生のワンポイント講座
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<石垣無き時代の鉄壁・切岸>
山城造りで一番力を入れなくてはならないのが城の周囲。土を掘ってくぼみを造る堀や、土壁を設ける土塁など、さまざまな工夫で攻め手の侵入を防ぐ必要がある。切岸もその一つで、曲輪の外側を急斜面にすることで攻め手の侵入を防ぐ。多くの切岸は断崖のように切り立たせていたが、経年で土が崩れ、なだらかになってしまっている。



(中村)
「あ、よく見ると切岸の手前にちょっと堀があります」

(西股)
「発掘調査でわかったのですが、あの堀は他の堀に比べて幅が小さいんですよ」

(伊達)
「え?同じ城なのに統一感がないですね」

(西股)
「うーん、これは僕の考えですが、小さな方の堀は後から掘られた急ごしらえのものじゃないでしょうか。織田軍がいよいよ攻めてくるとなったので、勝頼が大急ぎで掘らせたのではないかと思います」

(伊達)
「ああ、堀の幅一つで勝頼公のお気持ちがわかるなんて、山城って奥が深い!」

新府城、縄張図、切岸、堀
 切岸の手前には堀が設けられている。新設の堀Aは、初めから掘られていた堀Bに比べて幅が狭い[作図・提供=西股総生(以下、縄張り図はすべて同)]

(中村)
「やっと城の入り口に着きました!土橋を渡ると早速いかにも工夫がありそうな四角いスペースがありますね。周りの土塁上から狙い撃ちしやすそうです」

(西股)
「さすがに城の見方がわかってきましたね」

(中村)
「入り口は防備の肝ですからね!こうやって囲んでおけば攻め手の動きを封じることもできます!」

(西股)
「その通り。これを枡形虎口(ますがたこぐち)といいます。新府城は調査や整備が進んでいて、ここでは城門の礎石や門が焼けた跡も見つかっているんですよ」

(伊達)
「なっ!勝頼公が新府城から逃れるときに自ら火を放ったという、あの門がここにあったんですね!」

 伝搦手口、新府城、桝形虎口、袋小路
 伝搦手口は土塁で四方が枡形虎口となっている。城門を閉じれば袋小路になり、土塁の上から高さを利用して鉄砲や弓で迎撃できる

伝搦手口、城門、新府城
発掘調査で礎石が発見された伝搦手口の城門。焦げた木片も発見されている

——枡形虎口のある曲輪は東西に細長い。防御の要である土塁が曲輪の途中で切れている部分がある。

(西股)
「この曲輪の東端、土塁が切れているのがわかりますか?」

(伊達)
「言われてみれば確かに。北側にずっと土塁が続いてたのに、突然なくなりましたね」

(西股)
「足下をよく確認すると1mくらい東へ突き出してるんだけどわかるかなあ」

(中村)
「本当だ!縄張図で見るとよりわかりやすいですね。しかも反対側も同じ造りだ!」

(西股)
「そうです。ここには木橋があったと考えられています。もし攻め手が枡形虎口を突破しても、木橋を落としてしまえば、足止めできるでしょう?」

(伊達)
「なるほどー。二重、三重の守りなんですね!」

新府城、曲輪、木橋
二人が立っている部分には土塁がなく、対岸の曲輪側も同じように張り出している。ここに木橋がかかっていたのだろう

新府城、縄張図、桝形虎口、木橋
枡形虎口を越えて城門を破っても、木橋を落とされてしまったら攻め手は再び袋小路に。城内から土橋を渡って逆襲もできる

今や絶好の花見スポットと化した出構えの秘密

——かつて木橋がかかっていたであろう堀を横目に、帯曲輪を経由し出構えを目指す一行。道の両側は深い草むらになっており、中には胸の高さまでのびたものもある。

(伊達)
「うわあ、鬱蒼としてますね!」

(西股)
「今は先ほど外側から見た切岸の裏手、帯状に細長くのびた帯曲輪と呼ばれる場所を通っています。よく見ると曲輪の周囲が高くなっているでしょう?」

(伊達)
「確かに、草が茂ってて気づかなかったけど、土塁になっていますね。あっ、あそこに土塁がない所がありますよ!」

(中村)
「おお、ここから出構えに出られるんですね!」

新府城、出構え、桃畑
出構えから桃畑を望む一行。土塁がない出構えは見通しが良く、敵が来てもすぐに気付けただろう

(中村)
「うわあ!絶好のビュースポットじゃないですか!」

(伊達)
「敵が来たとき見通しが良い方が狙いやすいし、周りは湿地だから攻められにくいのはわかりますが、さすがにこの出構えむき出し過ぎじゃないですか?逆に狙い撃ちされそう…」

(中村)
「そうそう、最初に見た時から疑問だったんですけど、この出構え、防備がなさ過ぎでは?切岸の周囲にはきちんと堀があるのに、出構えにはないですし」

(西股)
「もちろん、実際に戦が起こったら竹束などを用意したとは思います。でもこの出構え、実はすごい防備の工夫があります。まわりの土塁をよく見てください」

(伊達)
「え?急斜面だなあとしか、わかりません…」

(西股)
「確かに、草が生い茂って解りにくいですね。では縄張図を確認してみましょうか」

(中村)
「あ、よく見てみたら、土塁が真っ直ぐじゃなくて折れ曲がってますね!」

(西股)
「その通り!土塁を折り曲げ角度を付けることで、出構えを横から狙えるようになっているのです」

(中村)
「本当だ!これで出構えに取り付こうとする敵を、横から狙い撃ちできる訳ですね!城外からは絶壁だけど、城内からなら土塁の上に立てますし!」

(伊達)
「えー、縄張図って読めるようになったらめっちゃ便利ですね!」

新府城、出構え、切岸、堀
出構えから見た切岸と、後から追加で掘られた堀。草木が生い茂って解りにくいが、写真右奥からこちらを狙えるよう折れ曲がっている
 
新府城、縄張図、土塁、屏風
 屛風のように折れ曲がった土塁の上から出構えを狙い撃てる。経年で折れ曲がりがゆるくなっているが、かつてはもっとはっきり折れ曲がっていたため、より狙い易かった

(伊達)
「一見むき出しで登りやすそうな出構えが、こんなに狙われていたなんて…」

(西股)
「伊達さん、今はハイキングシューズが草に引っかかるから大丈夫ですが、もし、草履でツルツルの土の斜面を登らないといけないとなったらどうでしょうか?」

(伊達)
「あー、そっか!すっかり忘れてたけど、もともとは土オンリーですもんね!いくら高さが無いとは言え、さすがに草履じゃ、切岸はもちろん、この出構えに登るのも一苦労だなあ」

(西股)
「そう、草は後から生えてきたものですからね。するとこの北側の防備の徹底ぶりがよくわかるでしょう」

(伊達)
「なるほど、城巡りにはそういう想像力も必要な訳ですね」

新府城、帯曲輪、斜面
帯曲輪にあった土の斜面を登ろうと試みる。ハイキングシューズでも取っ掛かりがないと不安定だ

——帯曲輪の散策を終えた一行は来た道を引き返し、二ノ曲輪を目指す。途中、直径7〜8mはありそうなくぼ地があった。

(中村)
「おお、なんか地面がくぼんでますよ!」

(西股)
「ここにはかつて井戸があったのです。地下水を得るためにはここまで深く掘る必要がありました。貴重な水源を城域で確保することも、山城の重要な事です」

(伊達)
「うわあ、勝頼公もここの水を飲んだのかなあ!」

(中村)
「また勝頼ファンの見どころポイントが増えた!」

新府城、大井戸、まいまいず井戸
新府城の大井戸。カタツムリの甲羅のように周囲をぐるぐると降り、底の井戸で水を汲む「まいまいず井戸」だったようだ

(伊達)
「あ、開けた所に出てきましたよ!」

(西股)
「ここが二ノ曲輪。かつて勝頼の嫡男・信勝の屋敷が建っていたのだと思いますよ」

(伊達)
「ああ、勝頼公とともに新府城から逃れ、14歳の若さで亡くなった信勝の!」

(中村)
「さすが、嫡男の住居がある曲輪!四方を土塁でちゃんと囲んでますね」

(西股)
「二ノ曲輪だけでなく、これから行く主郭やその他の小さい曲輪も、よく見ると土塁で区画されているんですよ。さあ、ここを抜けたら主郭はすぐそこですよ」

(伊達)
「おお!いよいよ勝頼公の住まいがあった本丸ですね!こうしちゃいられない!」

(中村)
「ああ、ちょっと待って下さいよー!」

新府城、土塁、ニノ曲輪、土塁
 四方を土塁で囲まれた二ノ曲輪。二ノ曲輪だけではなく城内の各曲輪は土塁で区画されている

——新府城の防御の工夫を学んだ一行は、二ノ曲輪を抜け主郭を目指す。次回に続きます。

▶後編はこちら

▶「ナワバリスト西股さんと行く!ビギナー女子の山城歩き」その他の記事はこちら

[城名]新府城(山梨県韮崎市)
[アクセス]JR新府駅から徒歩約15分で新府城駐車場
[駐車場]あり
[見学時間]3時間くらい
[服装]周囲は木々が茂っており、虫も多いので、長袖長ズボンがベスト。未整備の所も多いので靴はハイキングシューズがオススメ
[トイレ]駐車場に簡易トイレ、主郭に公衆トイレあり。計2箇所(冬季は閉鎖)
[その他]駐車場に自動販売機。城域にベンチなど休憩設備はないので、地べたが気になる人はレジャーシートの持ち込みを推奨。新府駅は無人駅。ICカードでの出入場は可能。駅には自動販売機やコンビニはない

西股総生(にしまた・ふさお)
1961年、北海道生まれ。城郭・戦国史研究家。学生時代に縄張のおもしろさに魅了され、城郭研究の道を歩む。武蔵文化財研究所などを経て、フリーライターに。執筆業を中心に、講演やトークもこなす。軍事学的視点による城や合戦の鋭い分析が持ち味。主な著書に『戦う日本の城最新講座』『「城取り」の軍事学』『土の城指南』(ともに学研プラス)、『図解 戦国の城がいちばんよくわかる本』『首都圏発 戦国の城の歩き方』(KKベストセラーズ)、『杉山城の時代』(角川選書)など。その他、城郭・戦国史関係の研究論文・調査報告書・雑誌記事・共著など多数。

執筆・写真/かみゆ歴史編集部(滝沢弘康・二川智南美・中村蒐)
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。手がける主なジャンルは日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなど歴史全般。主な城関連の編集制作物に『日本の山城100名城』『超入門「山城」の見方・歩き方』(ともに洋泉社)、『よくわかる日本の城 日本城郭検定公式参考書』『完全詳解 山城ガイド』(ともに学研プラス)、『戦国最強の城』(プレジデント社)、『カラー図解 城の攻め方・つくり方』(宝島社)、「廃城をゆく」シリーズ(イカロス出版)など。

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