2023/02/21
失敗こそが面白い!お城の石垣になれなかった「残念石」
お城の石垣は高くて大きくてカッコイイですよね! このカッコイイ石垣の石材はどこで調達したのでしょうか? お城を築く場所に手頃な石材がない場合は、岩盤のある山で採石し、お城へと運んでいました。その運搬過程に何かの理由で置き去りにされた石が「残念石」です。なんだ、欠陥品か…と思ったあなた。それは違いますよ! 残念石は、昔の人の痕跡が残るお宝なのです。
残念石は伝統技術を伝えるお宝だ
国指定史跡「早川石丁場群関白沢支群」。小田原市にある石丁場跡だ
お城に使われる石材を採石した場所を「石丁場(いしちょうば)」といいます。例えば、諸大名に分担させて築城を手伝わせた「天下普請」により完成した江戸城(東京都)は、伊豆半島や瀬戸内海の島々、そして紀伊半島から石材を調達してきました。
何百万個もの石材を江戸へ運び石垣に積んでいった一方で、お城に到着することなく置き去りになった石が残っているのをご存知でしょうか?
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伊豆稲取にある残念石をそのまま使った魚のモニュメント。石をよく観察すると、石を割る時の痕跡である「矢穴(やあな)」が見られる。この残念石は、作業途中で放置されたようだ
運搬途中で不要になった石や、落下して縁起が悪い石、そして、上手に割る事ができなかった石などは、その場に放置されました。そのような何かの理由でお城へ運ばれなかった石のことを「残念石」といいます。
ポツンと置かれたその石は、400年経った今でもお城へ運ばれることを待っているのかもしれない…なんて想像すると、切なくて心がギュッとしてしまいますね!
しかし、お城の石垣になったある意味“成功者”の石材に比べて、お城の石垣になれなかった残念石は“敗者”なのかというと、決してそんなことはありません! 残念石には、昔の人がお城を築くまでに辿った足跡や石工の伝統技術を後世に伝えるという大きな役割があるのです。
実は街にゴロゴロしている!?残念石の贅沢な楽しみ方
(左上)静岡県東伊豆町の稲取岬にある鳥羽一郎「愛恋岬」歌碑 (右上)静岡県伊東市の宇佐美郵便局近くの広場に展示された刻印石 (左下)岡山県の新岡山港フェリー乗り場にたった一つ残された石 (右下)香川県の小豆島にある天狗岩磯丁場の海岸線にある矢穴が穿たれた石
残念石というものは、石の産地を訪れると意外にも街中にゴロゴロと転がっていることに気がつきます。公園のベンチや碑、神社の一角、海岸に並ぶ岩の中、自動販売機の影、庭先の花壇の下など、現代の人々と共生しているシーンも見られて面白いです。
MAPを片手に、お宝を次々とGETする冒険旅のようなイメージで残念石めぐりをすると楽しいですよ! その石が昔の失敗作であれば、なおさら嬉しいご褒美です!
残念石と暮らす街〜稲取編〜
お城めぐりの面白さを知っている方は、残念石めぐりの旅もきっと楽しむことができると思います。残念石めぐりにおすすめのスポットをいくつかご紹介しますね!
「江戸城築城石ふるさと広場」の石曳き体験ができる残念石
矢穴列に、楔(くさび)に見立てたものを打ち込んだ様子。この石は、「江戸城築城石ふるさと広場」のアイドル的存在だ!
まずは、静岡県東伊豆町の稲取。伊豆急行線「伊豆稲取駅」を降りるとすぐ目の前にあるのが「江戸城築城石ふるさと広場」です。矢穴や刻印(石に彫られたマーク)のついた残念石が展示されたスペースとなっています。なかには、石垣の角石に使うような大きさの石材もあり、なんと本物の残念石を使って石曳き(巨石を運ぶこと)体験もできます。ただし、調整中のこともあるのでご注意ください。
実は筆者、ここの残念石のファン! もし、この石材がお城に運搬されていたら、石曳き体験をすることもできなかったですし、そもそも石に会うために何度も足を運ぶこともありませんでした。「残念」どころか、取り残された歴史に感謝すらしてしまいます。
東伊豆町指定文化財「畳石」。江戸城の石垣にはなれなかったけど、しめ縄を巻かれて、地域の人々に大切にされている。石垣になるよりも大出世かも!
伊豆稲取駅から10分ほど歩いた場所にあるのが、名物の「畳石」です。民家の玄関前にどどんと置かれた2つの巨石! これも残念石です。
江戸城普請では、石高10万石に対し「百人持ちの石」を1,120個調達するよう諸大名に命じました。稲取には土佐藩・山内家の石丁場があり、山内家はこの大きな石を2,240個完納したそうです。石の側面には「御進上 松平土佐守十内」と彫られた文字が見られ、このサイズの石が町内に10個残っています。現在確認できるのは7個ほどのようですが、採石命令がくだったらすぐに献上できるよう、準備していたのかもしれませんね!
まるでタイムスリップしてるみたい!残念石を使った石曳きまつり〜熱川編〜
ゆるキャラの登場や、太鼓の演奏、バンドによる演奏も見どころ! 地元ロックバンド「ぎんでぇズ」が歌う「石曳きブルース」は素晴らしく、石曳きを歌った日本唯一のロックではないかと思われる
賀茂郡東伊豆町の熱川海岸で開催されている「熱川石曳き道灌まつり花火大会」は、本物の残念石を使って、「御石曳」の様子を再現したお祭りです。参加者約250名(先着順)が一斉にロープをひっぱり、「修羅」と呼ばれる運搬道具に乗った大きな石を移動させます。
ちなみに、石を運搬する様子が描かれた昔の絵図を見ていると、巨石の上に人が乗って号令をかける様子が窺えます。この人たちは「囃し方(はやしかた)」と呼ばれる人たちで、どれだけ大きな石も、彼らの号令次第で動くようになるのです! お祭りでは、まさにそのシーンが体験できます。石が動くと感動しますよ。
見学におすすめの石丁場「天狗岩石丁場」
国指定史跡の天狗岩石丁場。散策マップや遊歩道があるので巡りやすい!
瀬戸内海に浮かぶ小豆島は、石切りの歴史が息づく「石の島」。徳川期大坂城(大阪府)の採石場がいくつも存在し、国指定史跡となっている石丁場もあります。なかでも、岩谷地区の天狗岩石丁場は、整備されてとても見学しやすい場所です。
遊歩道を歩くと、右も左も残念石ばかり! 400年以上経っても、時が止まったような石丁場。「ちょっと休憩に行ってくる」と出かけた当時の石工さんが、今にも帰ってきそうな…そんな空間に想いを馳せるのが、石丁場めぐりの楽しみ方です!
「残念石」って、全然、残念じゃないじゃん!
残念石、それはお城の石垣になれなかった石のこと。検品して欠陥があった失敗作はレーンから降りることになりますが、お城の場合は、このB級品こそが面白い痕跡を残した価値あるお宝なのではないでしょうか? さらには、現代の人々によって手を加えられ、新たな人生…ならぬ“石生”を過ごしていると、なんだかこちらも嬉しくなりますね。
ちなみに、研究者の方々が執筆する論文や報告書を読んでいると、「残念石」という言葉は出てこず、代わりに「築城石」や「残石」という表記がでてきます。つまり、残念石という言葉は、正式な用語ではなく、誰かが親しみを込めてつけたニックネームなのかもしれません。残念石を見つけたら、ぜひ話しかけてみてくださいね!
<参考文献>
江戸遺跡研究会 編『江戸築城と伊豆石』(吉川弘文館、2015)
執筆・写真/いなもと かおり
お城マニア&観光ライター
年間120城を巡る城マニア。國學院大學文学部史学科古代史専攻卒。19歳の時に、会津若松城に一目惚れしてから城の虜となる。訪城数は700ほど。国内旅行業務取扱管理者、日本城郭検定1級、温泉ソムリエ、夜景鑑賞士2級の資格をもつ。城めぐりの楽しみ方を伝えるべく、テレビやラジオにも出演中。