2022/06/17
【千田先生と行く!日本最強で不滅の城LIVE】配信現場に潜入! <第4回>誘い込まれてひどい目にあう!?千田先生・平山先生と穴城「小諸城」へ!
お城の魅力に迫るNHK番組「日本最強の城スペシャル」と「絶対行きたくなる!ニッポン不滅の名城」からスピンオフし、“お城マスター”千田嘉博先生が一城、日本全国のお城から生配信する企画「千田先生と行く!日本最強で不滅の城ライブ」(公式HP:https://shirogasuki.jp/)。その配信現場に同行したスタッフが撮影の裏側をレポートする連載の第4回です。今回は、小諸城(長野県)での配信に密着。特別に見学できた復旧工事現場での石垣の解説や、視聴者から寄せられたディープな質問への回答など、生配信ならではの面白さをご紹介します。※2022年8月19日次回予告更新
「千田先生と行く!日本最強で不滅の城ライブ」のシリーズ配信、視聴者の皆様からリクエストが多かった平山優先生にゲストとして登場していただいた今回。同級生コンビでのトークへの期待は、配信が決まった時からSNSで話題になっていました。城に関してはまだまだ初心者、配信現場に同行したスタッフ角田が、現地で語られた石垣のマニアックトークや裏話などをご紹介していきます。
vol.4「穴城」と呼ばれた個性的な小諸城の魅力に迫る!
第4回は、2022年5月29日に小諸城(長野県)から生配信されました。“お城マスター”千田嘉博先生、特別ゲストとして歴史学者でNHKの2023年大河ドラマ「どうする家康」の時代考証を担当されている平山優先生、小諸市教育委員会の高橋陽一さん(※高は、はしごだかが正式表記)、そしてNHKの城番組「日本最強の城スペシャル」「絶対行きたくなる!ニッポン不滅の名城」の村中プロデューサーというスペシャリスト4名で小諸城を訪城しました!
左から千田嘉博先生、小諸市教育委員会の高橋陽一さん、平山優先生
線路を挟んで三の門の反対側にある大手門からスタート
穴城を説明するのに地図ではなかなか難しいということで、立体模型が登場! 大手門から三の門、二の丸跡、黒門跡、木谷、そして天守台へとオリジナルマップとこの模型を使って場所の確認をしつつ、解説をしていただきました。
模型: 鍬匠甲冑屋 岐部博さん作
三の門の石垣復旧工事現場に潜入!
線路を挟んで反対側、三の門の横は石垣の復旧工事中。今回は特別に工事現場を見せていただきました。
重要文化財の三の門(石垣の復旧工事中)
三の門の横にある石垣
<村中P>
「石垣は基本、中が土なんです」
<千田先生>
「普通は見られない状況です。外側に見えている大きな石だけでなく、小さい石、栗石(ぐりいし)があり、その後ろにある背面土、その3つが組み合わさって日本の石垣っていうのができている。その断面を特別に見せていただきました。いやー。すごいすごい」
いよいよお城の入口に。入口は広い桝形空間。
狭いですが、本来のお城の入口から回ってみました。みなさまもぜひ、次回小諸城に行かれた際はこちらから登ってみてください。
三の門を越えてからの入口、ぐるりと回ります
二の丸跡から見える浅間連峰
<高橋さん>
「ここ(二の丸)から真田の領地が見通せます」
<平山先生>
「徳川秀忠が関ヶ原(の戦い)の時に、ここ(二の丸)を拠点にして上田を攻めたところ。真田は深沢川に忍び達を伏せて、徳川軍の接近を急襲しようとしていた。発見されて上田方面に逃げるのだが、そのまま上田になだれ込んでいく。それはどうも上田におびき寄せていったのではないか」
<千田先生>
「人生うまくいっている時ほど危ないんですね」
黒門をみんなで表現
ここに門がありました。という話で何度もポーズをとっていただきました。二の門跡、黒門跡と暑い中、先生方ありがとうございました。
門の跡を再現しながら?小諸城を散策するのも楽しいですね。
ディープな質問が飛びかう視聴者からのチャット
視聴者のみなさまからの詳しすぎる質問に対して、千田先生、平山先生、高橋さん、村中Pとで知恵を出し合って、お答えいただきました。
<視聴者からの質問>
「ここに最初に城を築いたのは誰ですか?」
<平山先生>
「大井でしょうね」
<高橋さん>
「発掘調査で出土した遺物の時代をみると、縄文、古墳、奈良、平安くらいまではあるんですが、そこから400年くらい飛びます(平安時代の土器を最後に、16世紀に入る頃までの遺物が見つからない)。大井がここに来た時代くらいから再びここの土地利用が始まっているようです」
<視聴者からの質問>
「攻め落とされたことは何度かありますか?」
<平山先生>
「天文23年(1554)に武田信玄に降伏した時。その1回だけ」
<村中P>
「孤立してやむなく、でしたね。やはり強いお城ですね」
<視聴者からの質問>
「鏡石は大きくて薄いからついた名前ですか?」
<千田先生>
「どこから言い出したかはっきりしないのですが、奥行きのない薄い石を鏡石と呼んでいた。江戸時代には少なくとも「鏡石」という名前で呼んでいたようです。権威を示すというのと、呪術的な、まじないのような意味を持っていたのではないかと」
本丸帯曲輪に残る算木積みの素晴らしい石垣
石垣の角度や組み方などでその時代がわかります。おじさんズ4人カルテットで石垣について、深く、熱く語ってくれました。こういう石垣は算木積みということを初めて学びました。長い、短い、長い、短い…。
<平山先生>
「この角石が交互になっているじゃないですか?長い、短い、長い、短いで」
<千田先生>
「古い時代の算木積みですね。貴重な古い時期の石積みです。石工の匠の技術で組み上げた素晴らしい石垣」
<平山先生>
「根石はこれですか?」
<千田先生>
「堀込地業、基礎になる石を、溝を掘っていれていくようにして、高い石垣の場合は基礎固めをしているものがありますね」
<平山先生>
<千田先生>
「すごい知恵ですよね」
<高橋さん>
「小諸城の三の門は、胴木は使っていないんですが、石と土を使って、非常に硬く地盤を改良して、その上に積み重ねています(本丸の石垣も同じ工法だと思います)」
<千田先生>
「場所によってさまざまな工法を使っていますね」
最後に天守台跡に上って
手打ちそば屋の前を通って、天守台跡へ。階段を上がったところの手前に付櫓(つけやぐら)があったと考えられているそうです。天守台跡からは、浅間連峰やアルプスが見えました。広さは、南北約14m四方くらいだそう。足元に気を付けてぜひ登ってみてください。
平山先生がおっしゃるには、天端の石が平らで、ここには天守が建っていたと考えられ、また桐紋の丸瓦も見つかっているので権威のある建物があったのではないか、とのことでした。
ここに天守があったかもしれないということを想像しながらぜひ登ってみてください。
天守台跡の千田先生
日本100名城・日本さくら名所100選にも選ばれた小諸城
今回ご案内いただいたのが小諸市教育委員会の高橋陽一さん。そしてお手伝いをいただいたのは「(一社)こもろ観光局」の阿部さん。ありがとうございました。
週末はさまざまなイベントが行われる小諸駅前にある小諸城。軽井沢からも電車で約25分とほど近く、小諸城跡の懐古園には動物園と遊園地もあり、家族で楽しめる場所です。
※小諸市教育委員会の髙橋さんの高は、はしごだかが正式表記
次回、第5回は大坂城へ!
第5回は9月25日(日)大阪府・大坂城から生配信が決定!
最強不滅の城ライブ2回目のご登場!城好き俳優の村井美樹さんとともに、非公開エリアも訪れながら、知られざる大坂城の素顔に迫ります!
▼詳細はこちらから
「千田先生と行く!日本最強で不滅の城ライブ」
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執筆・写真/「最強不滅の城ライブ」製作委員会 スタッフ