あきるじょう

阿伎留城

東京都あきる野市


旧国名 : 武蔵

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ここが天竺
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朝田 辰兵衛

天竺への道のり。 (2023/02/26 訪問)

「天竺への道のりは,まったく険しいモノではありませんでした」
ここで幼少期を過ごしていると,夏休みの自由研究でこのようなコトをやっちゃいそうです…<笑>。
一日もかけないで自由研究終わり。あとはスキなことをして過ごすという…。
さすがに天竺。眺望は良かったです。『天竺への階段』も無事に昇降できました。
3mに見える標柱は,すでにリニューアルされてました。

そうそう,にのまるさんもコメントしていましたが,この城はしりとりには最悪の手札です。
「あ」で始まり「る」で終わるだと~!
次期名城にならないことを祈ります。

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三内神社 (2021/12/29 訪問)

 JR武蔵五日市駅より徒歩にて登城しました。天竺山が城跡ですが三内神社の参拝路となっていて道は整備されています。ただ最後の階段は崩れている所もあり不安であったので迂回路を進んで背後より主郭に行きました。眺望はよかったのですが、遺構はよくわかりません。

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にのまる

多摩の山城一気攻めの③ (2021/03/17 訪問)

 朝、自宅を出るときには、一日に山城3城はキツイかもしれないから駅近のここは出直すことになってもいいやと思っていたのですが、檜原城、戸倉城をまわっても時間の余裕があったので行ってみました。
 三内神社に行くためだけにあると思われる踏切を渡って鳥居をくぐった先の階段を登ると拝殿です。ここが目的地であればバンザイなのですが(本音)スタート地点なので、主郭だったと思われる天竺山を目指します。天竺山には奥宮があるということなので無理な登山ではないだろうと思ったものの、どのような道をどのくらい歩けば到着するのかわからないまま進むのはドキドキします。
 藪や倒木でもあれば引き返す言い訳に出来たのですがそこまでの山道ではないので導かれるままに登っていくと、いかにも参道といった雰囲気の長い階段に出ました。崩れかけているようにも見えますが案外大丈夫そうだったので登ります。この日最後のゴールへの道。視線の先に青空も見えてきて脳内BGMはZARDの負けないで♪一択。
 着いてみればあっという間(麓から15分程度)で、先の2城より低い標高310メートル(比高100メートル)。城跡としては解明されていないようでそれを示すものはありません。立地や時代背景、登った感覚や目に焼きつけた景色からいつの日か自分で考察(妄想)できればいいのですが…。
 下りは「石段注意!まわり道」の案内もありましたが、まわり道の方がどこに出るのかわからず怖かったので石段から下りました。
 この日の歩数計の記録は、一日の総歩数と歩行距離は大したことなかったですが、161階分上ったという数字を見てフフフ( *´艸`)ってなりました。3城の比高を足すと500メートルです。
 3城とも狼煙台か物見台か櫓台か…という感じのする山城で歴史の表舞台にはあまり出てこないのかもしれませんが、景色もよくて緑の中でいい運動にもなりました。日常のあれこれから離れてリフレッシュできてよかったです。何百年も前に堀を切ったり土を盛ったりして築いてくださった見知らぬ方々に感謝ですm(._.)m



あきるじょうは、あではじまりるでおわるのでしりとりにはつかえそうにありません。

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チェブ

あべのハルカスくらい? (2021/02/20 訪問)

東京都あきる野市にある「阿伎留城」を見上げてきました。

鎌倉時代に三内氏が築城しました。
三内氏、初めてましての御名前です。

JR五日市線の踏切を渡ると鳥居があります、、、。
夕方ですし、先には進みません。
階段があり、その先に天竺山に登るハイキングコースがあるそうです。天竺山に三内神社があり、「阿伎留城」跡になります。
なので、「阿伎留城」を見上げてきました。

天竺(インド)まで見られるほど高いから、天竺山と名付けられたのでしょうか?
調べると天竺山は標高300mくらいです。
だいたい大阪の『あべのハルカス』の高さと同じくらいです。
それじゃあ、「阿伎留城」の三内氏は周辺に睨みがききますね。
踏切の手前に写真③の石碑に三内家の名前があります。

『あべのハルカス』がある大阪に1度しか行った事がありません。
コロナウイルス終息後は、きっと大阪にも城攻めに出陣するでしょう。
『あべのハルカス』を見上げて「阿伎留城」を思い出します。
、、、高所恐怖症ですから、やっぱり見上げます。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 三内綱遠
築城年 鎌倉時代
主な城主 三内氏、小宮氏?
遺構 曲輪?
住所 東京都あきる野市三内190