花崎城は鷺宮粟原城の出城とされています。上杉謙信の小田原攻めの後の永禄4年(1561)8月、木戸宮内少輔は千余人で北条方の粟原城を攻め落とし、花崎城にも攻撃を掛けました。栗原城主の細萱民部少輔光仲が小田原城に詰めていたため、花崎城には11歳の光仲の長子・半左衛門泰秀がいましたが落城したとのことです。
城址は中央を東武鉄道の伊勢崎線が通っていて、南側が花崎城山公園になっています。記憶では公園の中に遺構(?)が残っており、南に空堀がかかっていて、東と北は水堀になっていたと思います。公園として整備されていますが城址としての雰囲気を感じさせてもらえるのは有難いです。
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