しんちじょう

新地城

福島県相馬郡

別名 : 簑首城、新地要害、谷地小屋城
旧国名 : 陸奥

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しんちゃん

しんちゃんじょう(ポカッ) (2025/01/01 訪問)

新地城・・しんちじょう・・しんちゃんじょうですか!(違う)急にシンパシーが湧いてきましたね♪ 
永禄年間(1558~70)に相馬氏によって築かれたとされ、本丸を中心に東館・北館・西館の曲輪が配されています。東館跡に駐車場があり、南に堀切があり土橋がかかっています。本丸の周辺には土塁が残り、チューリップ園として市民の憩いの場所になっています。
良く見ると、周囲に遺構が残っており、南側には複数の腰曲輪が配されていたようです。
北方の伊達氏に備えていたとされますが、天正17年(1589)5月20日に伊達氏の軍勢に取り囲まれ、伊達氏は一斉に鉄砲を撃ちかけ新地城は陥落してしまいました。その後、相馬氏は新地城を奪還することは出来なかったようです。

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肉球

本郭まで🚗で行けます (2024/07/13 訪問)

北の伊達氏の備えとして相馬氏によって築かれたようです。
郭や穂空堀は地元の方々によって大切に管理され
春にはチューリップ畑に様変わりするようです。
お城の中枢部以外にも遺構があるようですが
この時期は確認できません。

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チューリップガーデン (2022/09/23 訪問)

 チューリップガーデンとなっています。この時期はチューリップは咲いていないので訪問者は自分ひとりでした。主郭周囲に空堀や土塁が残っています。縄張り図を見るとさらに外に空堀があります。散策しようとしましたが、すごい藪で蜘蛛の巣も多く見られたため断念しました。

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ぎりょう

堀も曲輪もチューリップ満開!!春を待つ城 (2022/02/19 訪問)

谷地小屋要害跡地から新地城を目指す。新地駅前から西へ、国道6号線への交差点を右折して間も無く左に「新地城跡」の案内看板が有り大きく左折、すぐ右折して西へ1km程で右側に大きな案内看板が。駅から2km(6分ほど)城の最高所本丸・東館まで車で登ることができる。仙臺古城記(仙臺叢書第4巻)には宇多郡谷地小屋村の項に「山 一 谷地小屋城 東西五十間 南北五十間 城主杉目八郎左衛門 義胤家来 没落之後。大町三河 被差置 天正年中迄居住。後略」と有り、永禄9年(1566)頃に相馬盛胤・義胤により築城された。最初門馬雅楽助を、後に泉田甲斐を城代に、西館には杉目三河を置く。天正17年5月に伊達政宗の攻撃により落城すると政宗から亘理重宗に与えられ坂本三河が城代だったが慶長初期には大町三河が城代となった。
城は標高50mの丘陵上最高所の本丸を中心に、東館・北屋形・西館を配し、南側は3段の帯曲輪で囲む中世山城。本丸の北側から西側は堀跡の遺構がしっかり残る。本丸西虎口から西館側に続く土橋は後世に作業用に作られたものではなかろうか。伊達・相馬攻防の歴史を今に物語る貴重な城館跡である。
城跡は公園化され、春には曲輪跡や堀跡にチューリップが咲き乱れ、地元の皆さんの目を楽しませているとのこと。

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城郭情報

分類・構造 丘城
築城主 相馬氏
築城年 永禄年間(1558〜1570)
主な城主 相馬氏
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、土橋
再建造物 碑、説明板
住所 福島県相馬郡新地町谷地小屋字館前
問い合わせ先 新地町教育総務課
問い合わせ先電話番号 0244-62-4477