浜崎館は日橋川の南に位地し、県道326が城址の中央を通っています。城東稲荷神社の周辺に本丸の堀が残っていますが、立入禁止とあるので周囲から眺めるに留まっています。観応3年(1352)に三浦若狭守(芦名直盛?)が真壁政幹の代官・薄景教らを率いて河沼郡の合川・浜崎城・蜷河庄政所館を攻めていることが「真壁文書」に記載されているので、そのころには既に存在していたようです(現地案内板より)。
現在の浜崎城跡は慶長6年(1601)蒲生秀行の家臣・蒲生主計介郷貞が水害を避け移した浜崎城跡を指しています。
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