じいさん仲間の歴史ツアー、秋の陣は盛岡方面へ。
途中でこれまで国道四号線で何度も通り過ぎながら訪問していなかった徳丹城跡に初めて立ち寄ることができました。
数年前に興味をもった古代城柵・官衙跡巡りですが、「律令国家最後の城柵」として造営された徳丹城の成り立ちを知ると、古代城柵探訪のまとめにふさわしい遺跡と感じました。
ここより12km北にあった志波城が北上川の度重なる水害により移転を余儀なくされていたことと、それまでの征夷政策から融和政策へ国家政策の転換が徳丹城造営に繋がったなったようです。
志波城は坂上田村麻呂によって延暦22年(803)に造営されました。徳丹城は弘仁3年(812)に征夷将軍文室綿麻呂により造営されますが、9世紀半ばにはその機能を終えたとのことです。
今回の訪問で、徳丹城は城柵・官衙の完成形なのかと感じました。また、城地には「先行する官衙」や、旧北上川に向う運河の遺跡などもあり、大変興味深く感じました。
城地跡西に矢巾町歴史民俗資料館があり、発掘調査結果や出土物などが展示されいます。開館直後の訪問でしたが女性職員さんからたくさんの資料をいただき、質問にも親切にお答えいただきました。盛岡市に向う途中で、短時間の訪問となってしまいましたのでぜひ再訪したいと思います。
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