千徳氏の城ですが石碑と案内板がありました。遺構はよくわかりません。
千徳氏が津軽為信に滅ぼされた際に、神宗寺の住職常縁は浅瀬石川に身を投げます。身投げした河原が「常縁河原」と呼ばれるようになり、後に「上河原」へと変化しました。この常縁の物語を口説唄にした「上河原節」が、時を経て「津軽じょんから節」となったと伝えられています。「津軽じょんから節の発祥の地」の石碑があるとのことでしたが、今回は行っていません。
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2021/11/07 06:23
津軽じょんから節の発祥の地 (2021/11/05 訪問)
千徳氏の城ですが石碑と案内板がありました。遺構はよくわかりません。
千徳氏が津軽為信に滅ぼされた際に、神宗寺の住職常縁は浅瀬石川に身を投げます。身投げした河原が「常縁河原」と呼ばれるようになり、後に「上河原」へと変化しました。この常縁の物語を口説唄にした「上河原節」が、時を経て「津軽じょんから節」となったと伝えられています。「津軽じょんから節の発祥の地」の石碑があるとのことでしたが、今回は行っていません。
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2019/07/05 21:10
| 分類・構造 | 平山城 |
|---|---|
| 築城主 | 千徳行重 |
| 築城年 | 仁治元年(1240) |
| 主な改修者 | 不明 |
| 主な城主 | 千徳氏 |
| 遺構 | 曲輪、土塁、横堀(空堀) |
| 再建造物 | 石碑、説明板 |
| 住所 | 青森県黒石市高賀野他 |
| 問い合わせ先 | 黒石市役所 |
| 問い合わせ先電話番号 | 0172-52-2111 |