ときえだじょう

時枝城

大分県宇佐市


旧国名 : 豊前

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道沿いに在る時枝城趾石碑
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カズサン

時枝城と時枝陣屋 (2025/10/31 訪問)

 豊前に入って城びと未登録の副城、光岡城を終えて北方向約5.6km程(直線)経路約7.5km程の時枝城と時枝陣屋(城びと未登録)を目指す。
 駐車場は無く交通量も多いので県道629号線糸口(郵便局)交差点南西道沿いのセブンイレブンさん駐車場を一時利用。
 参考資料:余湖図コレクショングーグルマップに依る。

 時枝城は遺構無く石碑のみ(県道629号線糸口交差点より南に約30mの道沿いに在る)ですが、堀跡かな?塁の痕跡かな?が見られる。
 時枝城の歴史は、時枝城は時枝氏の築城、1400年頃から約200年この地を治めて、黒田官兵衛が中津12万3千石の領主に成ると黒田軍に加勢し家臣と成る。関ヶ原合戦後黒田氏が福岡転封に成ると黒田氏に従って福岡に移り城は廃城。

 時枝陣屋は県道629号線糸口(郵便局)交差点の北西側の南道、東道に面した処に在り現在敷地は介護、ケアーハウスと屋敷地に成って居る、石碑と標柱が県道629号線糸口交差点の北約50m三叉路の左道沿いに在ります、低い石垣も残って居ます。
 時枝陣屋の歴史は、小笠原長宥は元禄12年(1699年)この地に陣屋を建て時枝領5千石を治めた。石垣や手水鉢など見られる。(標柱による)

 光岡城、時枝城、旭城とも1週間前後して、とある煩悩の登城目録さんも探訪されていたのですね。
  

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時枝惟光 (2025/11/06 訪問)

 応永年間に時枝惟光が築城したと伝わります。遺構はありません。石碑があり、裏の説明文が彫られています。

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todo94

姫島渡航前の攻城② (2023/07/16 訪問)

休日でしたら糸口郵便局に車を停めさせていただけそうです。陣屋の標柱が目に留まったので、近づいて石垣をのぞいてみるとひっそりと陣屋の城址碑が立っていました。「時枝城」の城址碑は、県道を渡っためずらこども園の一角という場所にありました。

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かさニャ

時枝城 (2020/01/03 訪問)

石碑があるだけです。

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 時枝惟光
築城年 応永年間(1394〜1428)
主な城主 時枝氏
廃城年 慶長5年(1600)
遺構 消滅
再建造物 石碑
住所 大分県宇佐市大字下時枝