別府湾を見下ろせるところに高崎山があり、高崎山城址となります。
今回は家族旅行で来ていたため、登城ではなく、中腹にある高崎山動物園の猿を見に行きました。
山頂付近に遺構が残っている様ですので、次回、機会があれば、登城してみたいところです。
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2025/02/13 17:37
2022/11/11 11:35
【島津VS大友:最終決戦の城巡り】 (第11回)高崎山城② (2022/09/24 訪問)
(高崎山城①からの続きです)
銭瓶峠でタクシーを降り、そこから登山口まで20分、登山口から山頂まではさらに40分でした。
まず登山口で注意事項をよく読みます(写真①②フムフム)。ここを訪れる時は、食べ物を食べながら歩いたりしないでください。ポケットに食べ物とか頂上でお弁当なども厳禁です(注意書きをよく守りましょう!)。というのもこの山は野生の猿の宝庫だからです。食べ物を持っているといつどこから猿に襲われるかわかりませんよ! 幸い今回私は襲われずに済みました(笑)。
登山道はセラピーロードとして整備されており、木々に囲まれ小鳥のさえずりを聞きながら、落ち葉を踏みしめていく道は、確かに何か癒されている気持ちがして、とても楽しかったです(写真③)。途中、高崎山城の縄張りや竪堀跡やイメージ図などの説明板が登山道の随所にあり、かつての城の様子を想像しながら登る事ができました(写真④⑤⑥など)。登り石垣や畝状竪堀や横堀もあったようですが(説明板より)、木々におおわれどこに何があるのかよくわからず、へたに登山道から脇に行くと急斜面や落ち葉で滑って危険なので探すのを断念しました(写真とれずにすいません)。
しかし山頂(本丸)に着くと、そこから見る別府湾や由布鶴見の山々、国東半島と別府市街や大分市街など、360°眼下に見下ろす雄大な眺めは超絶景でした(杵築城や日出城、鶴賀城や大友館・府内城もかすかに見えました)。そして最初から最後まで誰にも会わず(猿にも会わず)、山と絶景を独り占めできたので、とても気持ちがよかったです(写真⑦⑧⑨)。
山を下りて今夜の宿は別府の湯。温泉で疲れた体を癒し、ホテルのベランダからビールを飲みながら今日登った高崎山を眺めて見ました(写真⑩)結構高い! よくぞ登ったと自分に乾杯!
高崎山城から脱出した大友義統ですが、島津家久は深追いせず義統の追撃をあきらめます。そしていよいよ残るはあと一つ、家久は大友宗麟が立て籠もる臼杵城を目指しました。
しかしその前に、家久の別働隊がその間に攻めた鶴崎城にておもしろい事件があったと大友館で聞いたので、私は臼杵に行く途中にある鶴崎に寄り道してから行く事にします。
では、次は「鶴崎城」を目指します。
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2022/11/10 18:54
【島津VS大友:最終決戦の城巡り】 (第10回)高崎山城① (2022/09/24 訪問)
「大友館」からの続きです。
高崎山城は、古くは大友家2代目「大友義詮」により大友館の詰城として高崎山の山頂(標高628mの地)に築かれました。南北朝時代には菊池氏との合戦の舞台となったようです。
戸次川の合戦に敗れ大友館をも追われた宗麟の子「大友義統」は、いったんこの高崎山城へ逃げ込みます。そして、島津勢に囲まれますが、隙を見てさらに北の豊前院内の龍王城へ逃げました。豊前には、毛利輝元・黒田官兵衛を主力とする豊臣軍が南下中との知らせを受け、そこに助けを求めに行ったようです。
私は、高崎山城に登城しようと大分駅からバスに乗り「高崎山(うみたまご前)」のバス停で降りました。しかし垂直のように反り立った山頂を下から見上げて(写真①)、この崖のような急角度の斜面をいったいどこから登るのだろうか?(登れるかな?)と思いつつ案内所の人に聞いてみると、こちら側からは登れません。山の反対側の銭瓶峠(ぜにがめとうげ)に登山口があるので、そこから登って下さいとの事(ガ~ン! 山の反対側ですか?)。そしてそこまではバスはないとの事(さらにショック!! 私は泣く泣くタクシーを利用する事にしました。思わぬ出費 片道3,500円×2 )。
でもせっかくここまで来たので、その前に猿と仲良くなり慣れてから行く事にしました(写真②)。ここは野生の猿が自然と集まる「高崎山自然動物園」と水族館「うみたまご」があります。すごい猿の群れを間近で見る事ができました。私の股の下を平気で行ったり来たりする奴もいました(本当におまえは野生なのか? それとも私はなめられているのだろうか? でも食べ物を見ると人格(ではなく猿格)が変わるので要注意だそうです)。ボス猿は確かに恐いですが、子猿はとても可愛いですね!(写真③-⑦:よし!これで大丈夫!)
次は、銭瓶峠の登山口から高崎山城(山頂)を目指します。
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2020/12/20 19:27
トレッキングコースを兼ねているので散策し易いです。 (2020/11/24 訪問)
猿の住み家らしいので何も取られないようにガードしながら散策。トレッキングコースにもなっていて、歩きやすいように一部登城路を迂回して数多くある竪堀を横断した位置に歩きやすい遊歩道が施されています。高低差は210m、往復3.3km、ゆっくり見て廻り1時間50分程の攻城です。
11月の三連休の最終日、取引先との接待バイクツーリングで阿蘇・やまなみを走破し熊本に一泊、そのまま帰るのが勿体なく、平日で人はいないだろうと考えて5時前に大分に向かいました。それでも平日なのにハイカーいるんですよね。
登山口に繋がる林道のフェンスゲートを開閉しトイレ付の駐車場(7~8台程度)より散策開始、山頂の紅葉は散っていましたが、途中のの紅葉は残っていました。緩やかな遊歩道を歩いて行くと左右に幾つもの竪堀を見る事ができ、大手門跡周辺から本格的に遺構が現れ、登りは左側に石塁・土塁、右手には段郭のある登城路を歩き本丸へ。
二の丸に着き本丸が見え、追って別府湾が望める場所に辿り着きミーハー系攻城者の私は絶景に興奮、眺めながら暫し休憩。攻城には予想しないオマケが付いて来る時があるのでやめられないです。
本丸は思いの外広く、よく分る虎口、周囲には土塁が残っており、東側斜面に一部登り石塁も、それに戦争時の軍事施設跡があります。西側には登城路から続く土塁付帯曲輪、全体的にとても分かりやすいです。下りは遺構を探しながら各曲輪の内部を通り大手門へ。二の丸と三の丸の境には堀切があり東側の斜面の竪堀に続いています。三の丸の見どころは石積の遺構ですがよく探さなければ見つかりません。大手門からは本来の登城路を下山、勾配が少々急ですが普通に歩けます。
山一帯が城域で歩く距離は長く感じますが、整備の行届いた良い城郭でした。
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分類・構造 | 山城 |
---|---|
築城主 | 阿南推家 |
築城年 | 建久2年(1191) |
主な改修者 | 大友氏時 |
主な城主 | 阿南氏、大友氏 |
廃城年 | 文禄2年(1593) |
遺構 | 曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)、竪堀 |
再建造物 | 説明板 |
住所 | 大分県大分市大字神崎 |
問い合わせ先 | 大分市商工農政部観光課 |
問い合わせ先電話番号 | 097-537-7043 |