たかすじょう

高祖城

福岡県糸島市

別名 : 高祖山城、原田城
旧国名 : 筑前

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①	怡土城から高祖山を見上げる
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トク

宮部継潤と原田信種(高祖城主) (2026/04/29 訪問)

大河ドラマ豊臣兄弟第16話で登場した、私が注目の「宮部継潤」。比叡山の僧でもあった彼が、なぜ浅井の家臣から豊臣の家臣へと寝返ったのか? 今まで知りませんでしたが、姉「智(とも)」の子「万丸(よろずまる=後の豊臣秀次)」を人質に差し出すという約束を守った秀長と、比叡山の子女を助けてくれた秀吉を信頼してそうなったという事が、大河ドラマでは描かれていました(なるほど🤔そうだったのか~)。継潤はこの後、秀吉配下となり鳥取城攻めなどで活躍し、秀吉から因幡の地を与えられたようです。そして彼が最も有名になったのは、以前お伝えした「根白坂の戦い」です。秀長軍の先鋒を任された継潤ですが、島津義弘に夜襲を仕掛けられ大苦戦します。しかし、夜明けまで何とか持ちこたえ、そこで藤堂高虎・黒田官兵衛・小早川隆景らの援軍が到着すると形勢が逆転! この継潤のねばりが、根白坂の戦いの勝利へとつながりました。継潤は後に秀吉より一番手柄と褒め称えられたそうです。そして朝鮮出兵を経て彼は高齢を理由に隠居し、歴史の表舞台からは姿を消して行きます。

福岡の糸島にも継潤ゆかりの地がありました。根白坂の数か月前にあった高祖城の戦いです。島津軍の配下となり岩屋城攻めに加わった「原田信種」を、秀吉は攻めるよう命じます。継潤は小早川隆景1万の軍勢とともに、居城である高祖城を取り囲みます。信種は家臣らの反対を押し切り討ち死にする覚悟で戦をしようとしますが、その信種を継潤は粘り強く説得しました。そして信種はついに降伏し、高祖城を明け渡したそうです。その後の継潤は、豊前に上陸した豊臣秀長と合流し、豊後の大友を助けながら根白坂の戦いへと向かいます。

高祖城があった高祖山(標高416m)山頂には、上の城と下の城があり、曲輪や堀切や石積が残っているそうです(写真②④)。登ってみたかったですが、最近400m級の山は体力的に自信がなくなったので、今回も断念しました(すいません)。伊都国歴史博物館には、わずかですがその原田信種と高祖城の説明がありました(写真⑥⑦)。

私は、麓の怡土城や高祖神社からその高祖山を見上げてみました(写真①)。継潤はどんな思いで、同じくここから高祖山を見上げていたのでしょうか? 原田信種をどうやって説得したらいいのか・・・あれこれ考え思案に暮れていたのではないでしょうか?

あとちなみに余談ですが、ドラマで継潤役を演じている「土平ドンペイ」さんは、京都比叡山高校の出身だそうです😱。
 

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送りバント

20220218高祖城(福岡県糸島市) (2022/02/18 訪問)

古代山城である怡土城跡を利用して築かれた山城で、高祖山頂付近の上ノ城、下ノ城に曲輪、土塁、堀切、石積などの見どころが集まる

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零汰

770年前に怡土城跡に築城 (2022/10/22 訪問)

怡土城を抜けると行き着く所は高祖城のうち、下ノ城と呼ばれるⅡ地区になります。Ⅰ~Ⅴ地区の5つに分かれているらしいのですがそうとも知らずに下ノ城(Ⅰ区)~上ノ城(Ⅱ区)~V区と廻りました。上ノ城とV区との間には高い切岸と堀切があり、石積も見ることが出来ます。V区は東側に300m程延びていて小さな曲輪や土塁を見ることが出来ます。

一旦城域に入って歩き続けると大まかな範囲は把握出来るのだが、帰宅後おさらいしてみると北側にⅢ・Ⅳ区がある。写真をみて思い出してみると確かに藪に埋もれた斜面があったのできっとそこの様です。報告書には堀切群や畝堀・小曲輪が存在しているらしいです。

参考:城郭放浪記さん・福岡県中近世報告書

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ryu

高祖山登山と高祖城探訪 (2022/02/11 訪問)

市民のハイキングコースである鐘撞山から高祖山を縦走し、高祖城を探訪する。

建長元年(1249年)、原田氏の原田種継、原田種頼父子の築城。 怡土城の遺構を利用し、高祖山頂上に上ノ城(本城)と下ノ城がある。
一時少弐氏に奪われたが、最終的には大内氏の援助により原田氏が奪還した。 天正15年(1588年)豊臣秀吉の九州征伐により、城主原田信種は所領没収され廃城となる。

登り出しは小雨模様だったが、天気は回復傾向と読んで登る。鐘撞山で曇り空の展望を楽しみ、高祖山までの快適な尾根道を歩き、高祖山山頂直下の下の城址に着く。
ここのベンチでゆっくり昼食後、高祖山山頂までの高祖城の遺構を縄張り図を見ながら探索する。高祖山山頂(主郭)から急斜面を下り、姪浜堀と言われる堀切跡を探し、山頂周辺の曲輪跡を探索する。
帰路は鉢伏山観音へ下るコースを取って野外活動センターに出る。
下山した頃にはすっかり青空になっていた。

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城郭情報

分類・構造 山城
天守構造 不明
築城主 原田種継
築城年 建長元年(1249)
主な城主 原田氏
廃城年 天正15年(1587)
遺構 曲輪、石垣、土塁、堀切、竪堀
再建造物
住所 福岡県糸島市高祖