古代山城である怡土城跡を利用して築かれた山城で、高祖山頂付近の上ノ城、下ノ城に曲輪、土塁、堀切、石積などの見どころが集まる
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2025/12/29 22:45
20220218高祖城(福岡県糸島市) (2022/02/18 訪問)
古代山城である怡土城跡を利用して築かれた山城で、高祖山頂付近の上ノ城、下ノ城に曲輪、土塁、堀切、石積などの見どころが集まる
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2022/12/15 21:23
770年前に怡土城跡に築城 (2022/10/22 訪問)
怡土城を抜けると行き着く所は高祖城のうち、下ノ城と呼ばれるⅡ地区になります。Ⅰ~Ⅴ地区の5つに分かれているらしいのですがそうとも知らずに下ノ城(Ⅰ区)~上ノ城(Ⅱ区)~V区と廻りました。上ノ城とV区との間には高い切岸と堀切があり、石積も見ることが出来ます。V区は東側に300m程延びていて小さな曲輪や土塁を見ることが出来ます。
一旦城域に入って歩き続けると大まかな範囲は把握出来るのだが、帰宅後おさらいしてみると北側にⅢ・Ⅳ区がある。写真をみて思い出してみると確かに藪に埋もれた斜面があったのできっとそこの様です。報告書には堀切群や畝堀・小曲輪が存在しているらしいです。
参考:城郭放浪記さん・福岡県中近世報告書
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2022/05/11 21:31
高祖山登山と高祖城探訪 (2022/02/11 訪問)
市民のハイキングコースである鐘撞山から高祖山を縦走し、高祖城を探訪する。
建長元年(1249年)、原田氏の原田種継、原田種頼父子の築城。 怡土城の遺構を利用し、高祖山頂上に上ノ城(本城)と下ノ城がある。
一時少弐氏に奪われたが、最終的には大内氏の援助により原田氏が奪還した。 天正15年(1588年)豊臣秀吉の九州征伐により、城主原田信種は所領没収され廃城となる。
登り出しは小雨模様だったが、天気は回復傾向と読んで登る。鐘撞山で曇り空の展望を楽しみ、高祖山までの快適な尾根道を歩き、高祖山山頂直下の下の城址に着く。
ここのベンチでゆっくり昼食後、高祖山山頂までの高祖城の遺構を縄張り図を見ながら探索する。高祖山山頂(主郭)から急斜面を下り、姪浜堀と言われる堀切跡を探し、山頂周辺の曲輪跡を探索する。
帰路は鉢伏山観音へ下るコースを取って野外活動センターに出る。
下山した頃にはすっかり青空になっていた。
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| 分類・構造 | 山城 |
|---|---|
| 天守構造 | 不明 |
| 築城主 | 原田種継 |
| 築城年 | 建長元年(1249) |
| 主な城主 | 原田氏 |
| 廃城年 | 天正15年(1587) |
| 遺構 | 曲輪、石垣、土塁、堀切、竪堀 |
| 再建造物 | 碑 |
| 住所 | 福岡県糸島市高祖 |